Wikipedia:名誉毀損の主張があった場合の法的状況の判断と法的対応に関する議論
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このページは過去に議論された内容をまとめたページです。問題解決のための参考資料として残されています。
管理者の取るべき措置に関する見解(プロバイダ責任制限法の視点から)

Tomosさんの要請もあったことですし、法的な視点から若干コメントしておきましょう。

このページで甲さんが提起なさった議論は大変に興味深いもので、私も皆さんの議論の行方をきわめて興味深く見守っておりましたが、どうも法的な解決が必要となるかたちに発展してしまったようで、たいへん残念です。このような事態にいたってしまった以上、「管理者」の方々が適切に措置を講ずることが必要になってきます。そして、2002年に施行された「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(いわゆるプロバイダ責任制限法)は、特定電気通信役務提供者(プロバイダや「管理者」)の免責を規定することにより、法的なリスクを負うことなく適切な措置を講ずることを容易にしています。以下では、 ⇒総務省の逐条解説を基に、この件に関して、ウィキメディア財団及び「管理者」の方々が法的なリスクを適切に回避できる形で、「管理者」の方々が適切な措置を講ずるには、どのようにすればよいかを解説します。おそらく、このような事例は今後一つならず起こっていくでしょうから、マニュアルづくりの意味合いも込めて、厳密に議論を行っておきます。
前提となる問題

まず、話の前提となる問題をいくつか片付ける必要があります。
国際裁判管轄

第一に、国際裁判管轄がどの国に認められるか、という点を検討する必要があります。この点、逐条解説36?37頁は、「不法行為事件については、一般に、 (a)被告の住所地国、(b)不法行為地国に管轄が認められる。不法行為地管轄については、加害行為地国と結果発生地国が異なる場合には、原則として、いずれの国にも管轄を認めるのが一般的である」と述べています。これをこの場合に当てはめると、(a)による国際裁判管轄は、ウィキメディア財団の存在するフロリダ州の裁判所、管理人の方々がお住まいの国(日本に住んでいれば日本)の裁判所に認められます。(b)による国際裁判管轄のうち、加害行為地国とはフロリダ州、結果発生地国については、「違法な情報が放置されたことによる被害が生じた国が結果発生地となるから、違法な情報が放置されたことによる被害が日本で生じたと認められる場合に、原則として、日本の裁判所に裁判管轄が認められる」(逐条解説37頁)ことになります。しかし、「プライバシー侵害や名誉毀損等の違法な情報に対して多数の国からアクセスが可能な場合に、いずれの国を当該不法行為の結果発生地と認定するかについては、議論が分かれている(拡散的不法行為の問題)」(同所)ともされています。しかし、この場合は、もし乙さんが日本にお住まいのようであれば、まず間違いなく日本の国際裁判管轄は認められると思います。以上を要するに、フロリダ州・日本には、まず間違いなく国際裁判管轄が認められると思いますが、他の国でも国際裁判管轄が認められる場合も考え得ます。そして、いずれの裁判所に出訴するのも、ふつうは、原告の自由であるということになります(例外として、英米法には、いわゆる「forum non conveniens」の法理があるため、アメリカでは、国際裁判管轄があっても、裁判所から門前払いを喰らうということもあり得ます。日本の場合にはそういうことはありません)。財団や管理者から見れば、どの国で訴えられるかわからないということですから、可能性のあるすべての国に関して対策をとっておくことが、理論的には必要になります。しかし、現実問題として、日本の裁判所以外で訴えられることは稀でしょうから、これ以降は、日本の裁判所に事案が繋属した場合に絞って、対策を考えることにします(とはいえ、その他の裁判所に繋属した場合のことも想定して、対策を立てたほうがベターです。フロリダ州法に詳しい方等、この点に関しフォローできる方は、よろしくお願いします)。



準拠法

そうすると、次に論じなければならないのは、準拠法の問題です。すなわち、この事案には、どこの国の法律が適用されるのか、という点を明らかにしておく必要があります。日本の裁判所の準拠法を決めるのは、日本の法例です。法例11条によると、原則として、「不法行為ニ因リテ生スル債権ノ成立及ヒ効力ハ其原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律ニ依ル」ことになっていますが(1 項)、「外国ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキ」には、この規定を適用しないとしています(2項)。

まずは、ウィキメディア財団が不法行為責任を問われるかを考えて見ましょう。この場合、事実発生地はフロリダ州ですから、フロリダ州不法行為法により不法行為の成立が決まることになりますが、もしその場合でも、日本法により不法行為ではないとされれば、結局、ウィキメディア財団は、責任を負わないことになります。要するに、原告は、フロリダ州法と日本法の両方において、ウィキメディア財団が不法行為であると立証しなければなりません。これに対し、ウィキメディア財団は、少なくともいずれか一つで免責されると立証すれば、責任を負わずに済みます。ですから、日本のプロバイダ責任制限法により免責されれば、日本の裁判所で賠償責任を課されるリスクからは解放されます。

管理者についても、同じことです。日本法による免責があれば、日本の裁判所における法的なリスクを回避することができます。

それでは、どのようにすれば、日本のプロバイダ責任制限法の免責を享受することができるのでしょうか。
プロバイダ責任制限法3条の要件の検討

プロバイダ責任制限法のうち、特定電気通信役務提供者の免責を規定するのは、3条です。この条文にのっとって事案を処理すれば、特定電気通信役務提供者は免責されます。

条文の検討に移る前に、背景となる思想を説明しておいたほうが分かりやすいでしょうから、まずはそれについて述べます。条文は、二つの項から成っていますが、第一項と第二項は、正反対の方向性のことを規定しています。すなわち、第一項は情報の流通による権利の侵害から生じる損害についての免責、第二項は情報の流通を阻止することによる権利侵害から生じる損害についての免責について、規定しています。

それはなぜかというと、現在問題となっている事案を例にとって考えてみると、甲さんの表現の自由という法益と、乙さんの社会的評価という法益が衝突していて、そのいずれもを適切に衡量した形で解決する必要があるからです。しかし、そのようなことは、最終的に裁判所がやることであって、プロバイダなり管理者なりというのは、裁判官ではないわけですから、裁判官と同じようにそれをやることは不可能です。もしそこまでのことを要求すると、今度はプロバイダなり管理者を萎縮させてしまうことになるわけです。それは表現の自由の観点からは望ましくない、ということで、プロバイダなり管理者なりが相当性のある一定の手順を践めば、画一的に免責されることにして、プロバイダや管理者が萎縮しないようにしようということなのです。
第1項

それでは、具体的に条文を見てみましょう。第1項は、情報の流通による権利(この場合は、乙さんの名誉権)の侵害を保護するような措置をとった場合に、どのような要件の下で免責されるかを定めています。

「第三条 特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害されたときは、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下この項において「関係役務提供者」という。)は、これによって生じた損害については、権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合であって、次の各号のいずれかに該当するときでなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該関係役務提供者が当該権利を侵害した情報の発信者である場合は、この限りでない。
 一 当該関係役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき。
  二 当該関係役務提供者が、当該特定電気通信による情報の流通を知っていた場合であって、当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき。」

この条文の要件のうち、検討する必要のあるものについて順次検討を加えていきます。
「特定電気通信役務提供者」

「特定電気通信役務提供者」というのは何か、誰がそれに該当するのかということを明らかにしておく必要があります。この語については、2条3号に定義があり、「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者」であるとされています。逐条解説は、この定義の趣旨を次のように説明しています。

「プロバイダは、自らが設置している特定電気通信設備を用いた特定電気通信によって他人の権利を侵害する情報が流通している場合に、(a)当該情報の送信を防止するための措置をとる、(b)発信者の特定に資する情報(発信者情報)を開示する、という対応をとることが可能な場合があるため、本法律では、このようなプロバイダを対象とし、特定電気通信による情報の流通によって権利が侵害された場合について、(i)適切かつ迅速な対応を促進するための損害賠償責任の制限、(ii)権利の侵害を受けた者が当該情報の発信者情報の開示を受けることができるための権利を規定することとしている。」
「企業・大学等は、特定電気通信設備を設置して、企業の従業員、大学の職員・学生に外部の者との通信のために当該設備を使用させている場合がある。このような場合、企業・大学等は、プロバイダと同様の役務を営利を目的とせずに提供しているものと考えられ、上記(i)、(ii)の対応をとることのできる者という意味では、プロバイダと何ら異なるものではない。そこで、本法律においては、役務を提供する者を営利目的で限定することとはせず、企業・大学等を含めた特定電気通信設備を用いて電気通信役務を提供しているすべての者を対象者とすることとしている。」
「具体的には、ウェブホスティング等を行ったり、第三者が自由に書き込みのできる電子掲示板を運用したりしている者であれば、電気通信事業法の規律の対象となる電気通信事業者だけでなく、例えば、企業、大学、地方公共団体や、電子掲示板を管理する個人等も特定電気通信役務提供者に該当しうるものである。」(5頁)

この立法趣旨に鑑みれば、プロバイダであるウィキメディア財団が「特定電気通信役務提供者」に該ることはもとより、(a)(b)の対応をとることのできる者という意味で(上の文中の2段落目の「上記(i)、(ii)の対応をとることのできる者」というのは、「上記(a)、(b)の対応をとることのできる者」の誤植でしょう)、「管理者」も該当することになると解されます。特に、日本語版ウィキペディアでは「適切かつ迅速な対応」を行いうるのは、日本人管理者のみですから、そう解すべきでしょう。もしそう解さないと、これらの管理者は免責を享受できないという理不尽な結論となりますが、それは法の予定したところではないでしょう。

結局、ウィキメディア財団および管理者の双方が「特定電気通信役務提供者」に該当すると考えられます。ウィキペディア日本版の運営形態を考えると、管理者が適切な行動をとる必要があります。
「権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合であって」

管理者は、このような措置(つまり、削除)を講ずることが技術的に可能ですから、この要件を満たします。したがって、「次の各号のいずれ」にも該当しない行動をとる必要があります。
「次の各号のいずれかに該当するとき」

「次の各号」として掲げられているのは、次の場合です。

 一 当該関係役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき。
  二 当該関係役務提供者が、当該特定電気通信による情報の流通を知っていた場合であって、当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき。

どうも条文の書き方に問題がある気もしないでもないですが、総務省の逐条解説によると、結局、「情報の流通に関する認識」があり、かつ、「権利侵害に関する認識」があった場合には、この要件を満たすということのようです。だったら素直にそう書いていただきたいという気がしますが:-)。当該事案の場合、管理者のみなさんに情報の流通に関する認識があることについては、問題なく肯定してよいと思います。そうなると、権利侵害に関する認識があるか否かという点が決め手となります。

この点、総務省の逐条解説は、具体例を挙げて解説しています(12?13頁)。

「ここで、「認めるに足りる相当の理由」とは、通常の注意を払っていれば知ることができたと客観的に考えられることである。どのような場合に「相当の理由」があるとされるのかは、最終的には司法判断に委ねられるところであるが、例えば、関係役務提供者が次のような情報が流通しているという事実を認識していた場合は、相当の理由があるものとされよう。
・通常は明らかにされることのない私人のプライバシー情報(住所、電話番号等)
・公共の利害に関する事実でないこと又は公益目的でないことが明らかであるような誹謗中傷を内容とする情報」


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