2014年2月5日から28日まで初の主演舞台『なにわ侍 ハローTOKYO!!』を日生劇場で開催[18](後に発表された正式名称は『なにわ侍 ハロー東京!!』[19])。この舞台の初日である2月5日の通し稽古での会見で、M田崇裕・神山智洋・藤井流星の3人が新たなメンバーとして加わり、7人組で活動していくことを発表[2][20]。当初メンバーの4人がジャニー喜多川を説得し、3人の加入を実現させたことも明かされた[2][21]。その後の公演本番では、グループが4人から7人へと発展するストーリーを観客に披露した[20][22]。7人での活動を発表した2014年2月5日がジャニーズWESTの結成日として扱われている[23]。 デビュー後の『Myojo』(集英社)のインタビューで、デビューまでの事情をメンバーが明かしている[24][25][26][27]。2013年9月に藤井以外の6人が出演した舞台『ANOTHER』の出演中に、事務所関係者から藤井、神山、M田を含めた7人でデビューする旨は伝えられていた。その後グループ名やデビュー曲をどうするかの打ち合わせに入っており、同年12月31日に行われた『ジャニーズカウントダウンライブ』でお披露目されるものとメンバーは思っていた。しかし、カウントダウンライブの直前になって事務所から「関西ジャニーズJr.として出演する」と言われ、その後「出演がなくなった」ことが7人に告げられた[24]。 話が二転三転した後「やっぱり出演することになった。東京に来てほしい。」との連絡を受けて新幹線に乗車したメンバーは、重岡、桐山、中間、小瀧だけだった。東京での打ち合わせの際に中間が「なぜ4人なのか」とスタッフに問い詰めたところ「4人でデビューする」と告げられた。4人のメンバーはカウントダウンライブの数時間前に3人にそのことを伝え、その後の公演に出演したが、公演中4人は全く笑顔になれる心境ではなかった。直後の2014年1月4日に行われた関西ジャニーズJr.のコンサート中、4人は3人と顔を合わせることもできず、中間は「地獄だった」と語っている[24]。 その後、メンバーは「7人でデビューさせて欲しい」と嘆願し続け、7人でCDデビューできることになった[24]。この嘆願の中心になったのは重岡であり「『4人ではなく7人で』と最初から諦めなかったのは、重岡だった」と複数のメンバーが答えている[24][25][26]。この件に関し重岡は「4人と言われて一旦は受け入れたが、7人という思いを捨てられなかった。(当初入れなかった3人を)感情的に入れたいという気持ちもあったが、それだけでどうこう出来るものではない。自分は、グループとして国民的グループになりたい。その為には3人の力が絶対必要だと思った。」と語っている[27]。 増員を嘆願するきっかけとなったのは、2014年1月4日のライブを通し「お互いを輝かせるのはこのグループしかない」と決意したことによる。その後ジャニー喜多川に直談判し、『ユーたちが、本当にいいと思ってやっているんだったらそれは間違いない。ただ、自分たちの言ったことに責任を持ってしっかりやりなさい』と言われ、最終的に増員の了承を得た[28]。 2023年9月29日にメンバーの中間淳太が出演している毎日放送『よんチャンTV』に出演した際、ジャニー喜多川の性的虐待疑惑を受け、事務所との話し合いを行い、グループ名「ジャニーズWEST」をメンバー全員の総意を持ってグループ名を変えるつもりであることを明かす[29]。そして同年10月18日22:00頃より公式YouTubeで生配信を実施し、グループ名を「WEST.」に変更することを発表した[1][9]。新しいグループ名は「WESTという名前を残してほしい」というファンの声をもとに決めたこと、言い切るという形でピリオドをつけたと説明している[1]。
7人でのデビューまで
グループ名改名
年譜
2014年
2013年12月31日から2014年1月1日にかけて、東京ドームで行われたジャニーズカウントダウンライブ公演中に中間淳太、桐山照史、重岡大毅、小瀧望の4人がグループ名を手書きした紙を掲げて「ジャニーズWEST4」の結成とCDデビューを発表した[注 1]。