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ユーケー
U.K.
本名楠 雄二朗
別名義楠 雄二朗(くすのき ゆうじろう)
生年月日 (1974-10-04) 1974年10月4日(45歳)
出生地 日本 大阪府大阪市西区
身長170 cm
血液型B型
職業ラジオDJ・タレント・俳優
活動期間2000年 -
事務所リコモーション
公式サイト公式プロフィール
U.K.(ユーケー、1974年10月4日 - )は、関西を中心に活動するラジオDJ・タレント、俳優である。本名および別名、楠 雄二朗(くすのき ゆうじろう)。愛称、くっすん。
大阪府大阪市西区出身。リコモーション所属。 大阪市西区の出身で、血液型:B型、身長:170cm、体重:60kg。既婚者で、一男一女の父であることを出演番組で公表。奥さんが凄く美人。地元・関西では長女&長男と一緒に雑誌やテレビ番組へ登場することもある。 1986年から5年間、イギリスに留学しTASISというプライベートスクールで寄宿舎生活を送る。帰国後、大阪YMCAインターナショナルハイスクールに編入。東京国際大学経済学部へ進学した。TOEICは860点[1]。 大学時代には、真樹日佐夫主宰の「真樹道場」で空手を教わっていた。当時から芸能界を志していたため、真樹の勧めによって、『ワル外伝』(真樹原作の漫画を基に制作された1998年の実写映画)に「空手道場で主演の本宮泰風を迎え撃つ黒帯(有段者)」という役で出演している。 大学卒業後の1999年に帰阪。「人に感動を与える表現者になりたい」とDJを志す。Be Happy!789での初仕事を経て、2000年4月に、本名の「楠雄二朗」名義でDJとしての活動を本格的に開始。その直後に、Kiss-FM KOBE(現:Kiss FM KOBE)のサウンドクルー(同局独自の「DJ」を意味する呼称)として、自身初のレギュラー番組『Kiss WORLD PROJECT(番組名の「Kiss」は「ケイアイダブリューエス」と読む)』を担当した。 2001年4月には、毎日放送(MBSテレビ)で放送を開始した音楽番組『MUSIC EDGE(後のMUSIC EDGE + Osaka Style)』のMCに抜擢。清水コーヘイ(清水康平、同番組のプロデューサー)とジョンさん(同番組で長年御意見番として共演)が、留学経験のあるイギリス(United Kingdom)と本名のイニシャル(Yujiro Kusunoki = U-jiro Kusunoki)を重ねる格好で、「U.K.」と命名した。当初は本名と併用していたが、2002年秋頃に、タレント活動の名義を「U.K.」に統一。『MUSIC EDGE』シリーズでは、2015年3月30日放送の最終回までMCを務めた。 MBSラジオでは2011年3月まで、U.K.が週2日DJを務めていた21時台・1時間枠の音楽番組(土曜日『U.K. BEAT FLYER 1179』、日曜日『U.K. チア・ミュージック
目次
1 人物・略歴
2 エピソード
3 『ちちんぷいぷい』での活動
3.1 音楽関係のキャンペーン
3.1.1 「すごくおいしいうた」宣伝隊長
3.1.2 「未来の花束」宣伝隊員(幸せの黄色いジョーロ君2号)
3.1.3 「この街に生まれて/いつまでも変わらない」宣伝隊員(この街宣伝隊員)
3.2 体操のお兄さん・くっすん
3.3 昔の人は偉かった・挑戦!ふたりの獅子舞編
4 現在の出演番組・作品
4.1 テレビ
4.2 ラジオ
4.3 テレビCM
5 過去の出演番組・作品
5.1 テレビ
5.2 ラジオ
5.3 テレビドラマ
5.4 映画
5.5 テレビCM
5.6 PV
5.7 その他
6 脚注
7 外部リンク
人物・略歴
また、「DJ風タレント」や「関西エンタメ界のタレ目王子」と言われるほど、ラジオ以外のメディアへ露出する機会も多い。2004年からは、関西を代表する早朝の生放送番組『おはよう朝日です』(ABCテレビ)へ、1年間リポーターとして出演。2008年4月から1年間は、関西地区で平日の夕方に放送中の『あほやねん!すきやねん!』(NHK総合テレビ)において、金曜日の司会を担当した。2009年からは、『ちちんぷいぷい』(MBSテレビ)へ出演中。同番組で「くっすん」と呼ばれるようになったこと(後述)を機に、毎日放送の番組では、自己紹介で「『くっすん』ことU.K.」「『くっすん』こと楠雄二朗」と名乗るようになった。
2007年には、『初恋net.com?忘れられない恋のうた?』(朝日放送で土曜深夜に放送されていたドラマ)で準主役に抜擢されたほか、オムニバス映画『歌謡曲だよ、人生は』の一編『これが青春だ』にも出演。さらに、『アーサーとミニモイの不思議な国』(リュック・ベッソン監督)の日本語吹替版では、初めて声優を務めた。FM-FUJIでレギュラー番組を担当したり、音楽チャンネルの特別番組でMCを務めたりするなど、大学時代を過ごした関東地方にも活動の場を広げている。
DJ・タレント以外の活動としては、『U.K. BEAT FLYER 1179』の生放送中にエアギターを披露したことがきっかけで、日本におけるエアギターの普及に貢献。2005年のエアギター全国大会で、準グランプリを獲得した。現在では、日本唯一のエアギター公式団体「 ⇒エアギタージャパン」の関西支部長を務めている。
2016年には、毎日放送が開局65周年記念特別企画の一環として10月13日(木曜日)から16日(日曜日)まで開催した「 ⇒MBSプロデュース 豪華客船 神戸発着3泊4日の旅『ドリームズ・カム・クルーズ』」(クルーズ客船「ぱしふぃっくびいなす」のチャーターによる有料のスペシャルツアー)の全行程に同行。『ちちんぷいぷい』向けの生中継や、「夏井いつきの俳句教室」(MBSテレビ『プレバト!!』の企画から派生した船内イベント)にも登場した。
2019年4月には、Kiss FM KOBEで『KISSBREAKRADIO with U.K.』、6月には、企画立案から携わった冠番組『WELFARE group presents それU.K.!! ミライbridge』をFM OH!でスタート[2]。 『ちちんぷいぷい』には当初、番組や毎日放送でイベントを実施する期間のみ、告知などの目的で出演していた。その後は、同番組のキャンペーンで、たびたび「宣伝部長」などを担当。2010年10月 の放送からは、木曜日のコーナーレギュラーも務めている。 2009年10月11日に大阪城野外音楽堂で開かれた毎日放送主催の音楽イベント「音晴(オンパレ)」では、総合司会(MC)を担当。同年9月28日から10月2日にかけて、同イベントの宣伝を目的に、『ちちんぷいぷい』へ連日エンディング間際に登場した。 2011年10月には、『ちちんぷいぷい』完全プロデュース第2弾CDとなる「未来の花束」(マキシシングル、11月2日発売)の宣伝隊の一人として、福島暢啓(毎日放送アナウンサー)とともに"幸せの黄色いジョーロ君"という宣伝用のキャラクターに扮した(1号は福島、2号がU.K.)。 2012年6月には、『ちちんぷいぷい』完全プロデュース第3弾CDとなる「この街に生まれて/いつまでも変わらない」(7月4日発売)のPRを目的に、大吉洋平・福島暢啓(いずれも毎日放送アナウンサー)・今別府直之(吉本新喜劇)と「この街宣伝隊」を結成。麦わら帽子・ランニングシャツ・半ズボンというスタイルで、関西各地を奔走した。
エピソード
『Kiss WORLD PROJECT』に出演していた頃のKiss-FM KOBEでは、多くの新番組が放送されていた。サウンドクルーの同期生だった中野耕史、野村富美江、川本えこ(中野以外は卒業)とは、現在でも公私共に仲が良いとのこと。
『MUSIC EDGE』への出演を機に、ビジュアル面でジャニーズ系とも言われるほどの容姿に変貌を遂げた。
プロデューサーの清水からは、黒髪で短髪だった髪を伸ばすように指示され、髪がある程度まで伸びたところで、清水に美容院(大阪・中津にあるBE-SPIN)まで連れて行かれたことがきっかけという(後年『U.K. BEAT FLYER 1179』で本人が回顧)。なお現在は黒髪に戻っている。
開始当初はカッコよくクールに番組を進行。しかし、ジョンさんとの絶妙なコンビネーションや、ロケなどで感動や悔しさのあまりに涙を流す姿が徐々に視聴者の共感を呼ぶ。その結果、「涙のカリスマ」という異名まで付くほどの人気を博すようになった。現在では、他の出演番組でも、トークやロケの最中にしばしば感動の涙で言葉を詰まらせている。2016年1月1日の早朝にMBSテレビで放送された特別番組『新春ぷいぷいwithタイガース ?“ぼん”と正月?』では、この年から金本知憲が一軍監督に就任した阪神タイガースの優勝祈願企画の一環ながら、「泣かない自分になりたい」という思いで金本の現役選手時代に倣って最福寺 (鹿児島市)で護摩行に取り組んだ。
2002年秋までは、『MUSIC EDGE』のみ「U.K.」名義で出演。他の番組では、本名の「楠雄二朗」を名乗っていた。一時は、「ものすごい純日本風の顔をしてるのに、"U.K."と自称することは恥ずかしい」との理由で、「U.K.≠楠雄二朗」と主張していた(毎日放送が発行していたフリーマガジン「MBSドクホン」のインタビューで後年発言)。
活動の名義を「U.K.」に統一したのは、『MUSIC EDGE』と並行して、「楠雄二朗」名義で『Kiss Afternoon Dream』(Kiss-FM KOBE)への出演を始めたことがきっかけとされる。同局の公式サイト内でプロフィール用の画像を公開したところ、「U.K.」と同一人物であることが判明。番組の公開生放送を実施していたダイエー甲子園店に、『MUSIC EDGE』の視聴者が多数訪れるようになった。『MUSIC EDGE』のジョンさんも、同番組のロケで甲子園近辺を訪れた際に、同店での生放送に顔を出している。ただし、毎日放送の番組では、『ちちんぷいぷい』への出演を機に「くっすん」という愛称を名乗るようになっている。
『おはよう朝日です』では、当時の司会・宮根誠司から放送でかなりいじられた一方で、可愛がられてもいた。取材VTRの紹介でスタジオへ出演した際に、宮根が「コマ梅田」(当時のレギュラーコメンテーターの1人・サンプラザ中野と梅田コマ劇場を掛け合わせた名前)と勝手に呼んだり、その名称を出演コーナー「トレンドエクスプレス」の紹介字幕に出されたりしたこともある。
『U.K.BEAT FLYER 1179』のアシスタントを担当した斎藤裕美(当時毎日放送アナウンサー)は、2009年10月17日の放送で、U.K.の第1印象について「歳をとった幼稚園児」と答えた。
『ちちんぷいぷい』での活動
音楽関係のキャンペーン
「すごくおいしいうた」宣伝隊長
2010年1月には、『ちちんぷいぷい』の企画で、同番組初のCD「すごくおいしいうた」(ベストアルバム、同月20日発売)の宣伝隊長に就任。この頃から、同番組では「U.K.こと楠雄二朗」「くっすん」と呼ばれるようになった。
「未来の花束」宣伝隊員(幸せの黄色いジョーロ君2号)
「この街に生まれて/いつまでも変わらない」宣伝隊員(この街宣伝隊員)
体操のお兄さん・くっすん
2010年7月から9月2日までの放送では、毎日放送60周年・同番組の放送10周年を記念した企画「ハッピーアワーたいそう」(同番組のオープニングでレギュラー出演者と一般参加の小学生が毎日放送本社1階で体操を披露するイベント)に、「体操のお兄さん・くっすん」として連日登場した。
2011年夏休み期間中の「ハッピーアワーたいそう」にも、「体操のお兄さん・くっすん」として連日登場。協賛しているセイバンの毎日放送限定CMにも体操のお兄さんとして出演。このときのクレジットは「くっすんこと楠雄二朗」。
昔の人は偉かった・挑戦!ふたりの獅子舞編
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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