TK_(戦車)
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TK / TKS豆戦車
性能諸元
全長2.6 m
車体長m
全幅1.8 m
全高1.3 m
重量2.4 / 2.6 t
懸架方式リーフ・スプリング
速度46 / 40 km/h
行動距離180 km
主砲オチキス7.92 mm wz.25機関銃
また20mm FK機関砲
装甲10 mm
エンジンフォードA型/フィアット122B型
40 / 46 馬力
乗員2 名(車長、操縦手)
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TK(TK-3)とTKSは第二次世界大戦期に活躍したポーランドの偵察用豆戦車である。

TK(TK-3の名で知られる)はイギリスカーデン・ロイド豆戦車Mk.VIをもとにポーランドが開発した豆戦車で、1931年に生産が開始された。TKSはTKから出力の高いエンジンに換装し、最大装甲厚を2mm厚くしたものである(TKの装甲は8mm)。

1939年には主砲を20mm機関砲にしたTKSの生産が始まったが、ドイツの侵攻を受けたため、24輌しか生産できなかった。目次

1 構造

2 バリエーション

3 試作型

4 戦歴

5 登場作品

6 脚注

6.1 注釈

6.2 出典


7 参考文献

8 関連項目

構造

車体は装甲板をボルト止めで繋げた構造で、表から見える部分のボルトの頭は三角錐状に加工されボルトは車内側から止められている。

車体内部はエンジンと変速機を中央に配置し、その両側に乗員が乗る構造で、乗員のすぐ隣にエンジンが直接置いてある。

エンジンから変速機、ブレーキに至るまで走行装置はフォードA型の部品を流用していた。そのため低コストで製造することが可能だった。

走行装置は、左右にフォードA型のドラムブレーキがそのまま付いており、右に曲がるときには右側のブレーキをかけると右側の回転速度が遅くなって左右の速度差で曲がる方式だった。この方式は曲がるときにブレーキをかけるため、曲がろうとすると減速してしまうという欠点があった。そのため、運転手は曲がるときにアクセルを噴かして速度を上げてから曲がるという操作を行った。変速機もフォードA型そのままの前進三段変速だった。

自動車用の非力なエンジンではあったが、車体重量1トンあたり16馬力強あるため、十分な走行能力があった。
バリエーション TK-3
TK(TK-3)
TKシリーズ最初の量産型。改修されたプロトタイプTK-2を原型として、国営工廠(PZIn?.)[注釈 1]傘下のウルスス製作所において1931年に量産が始まり、軟鉄製の増加試作型15輌を含め、300輌が生産された。軍の登録車両ナンバーは1154-1353(増加試作型および第1・第2生産ロット)、1362-1461(第3生産ロット)。軟鉄製の増加試作型は訓練および後の試作型のベース車体として活用された。1939年のドイツによる侵攻時には、TKSとともにポーランド陸軍AFVの(数量的には)主力として実戦に参加した。
TKF
1933年に製作されたTK-3の馬力強化型。フォードのエンジンに換えて、TKSと同じフィアット122B型46馬力6気筒ガソリンエンジンを搭載する。生産台数は18輌か、それを若干上回る程度で、登録車両ナンバーはTK-3第3ロットに含まれる。TKFの名称は「TK、フィアット(F)エンジン付き」を示す。セルビアベオグラードの軍事博物館(カレメグダン城)に現存するTKはTK-3の車体形状を持つものの、足回りはTKSと同じ小改修型になっており、TKFである可能性が考えられる。
TKS
1933年に試作され、翌年から量産されたTKシリーズの後期主量産型。生産数は資料により多少の差異があるが、軍の登録車両ナンバーは1492-1594、1597-1682、1702-1764、1799-1814(このほかにシャーシナンバー8890-8910、途中抜けがある可能性あり)で、280輌程度と思われる。比較的単純な形状だったTK-3に比べ、銃架部のみ突出した複雑な面構成の戦闘室となった。車長席上には、ルドルフ・グンドラフ技師設計による360度回転可能なペリスコープが装着された。プロトタイプ(登録ナンバー1160)は水冷スリーブ付きのブローニング7.92mm/wz.30だが、量産型はTK-3同様オチキス7.92mm/wz.25が搭載された。エンジンはポルスキ・フィアット122AC/42hp(前期型)または同BC/45hp(後期型)。エンジン換装に伴い、起動輪形状、転輪/誘導輪用ブーム細部形状など、足回りも小改修され、履帯幅も広げられた。重量増加、履帯換装により最大速度はTK-3よりわずかに落ちたが、不整地走行能力は向上している。
TKS(20mmFK model A/wz.38機関砲搭載型)
20mm機関砲が搭載された対戦車用TKS。ゾロトゥルン20mm砲を搭載したプロトタイプの試験の後、さらに長砲身で強力な国産20mmFK model A/wz.38機関砲を搭載する車両が既存のTKSを改修する形で、1939年に生産された。計画では、1940年1月までに150輌のTK-3/TKSが20mm装備型に改修されるはずだったが、1939年9月の開戦時までに24輌(あるいは20輌、18輌など諸説あり)の20mm砲型TKSが完成したのみだった。車体基本形状は機銃装備型と変わらないが、20mmFK機関砲搭載に伴い、戦闘室上面のレイアウトが若干変更になっている。
C2P
TKシリーズをベースに開発された、ボフォース40mm/wz.36対空機関砲用(もしくはその弾薬トレーラー用)の牽引車(非装甲)。1937年以降、200輌以上が生産された。もともとTKシリーズの(片側にブレーキを掛けるだけという)プリミティブな操向装置は牽引車向きではなく、このために新型のトランスミッションが開発された。これに伴い、足回りのデザインも、誘導輪が大型になり接地するようになるなど改められている。
試作型
TK-1、TK-2
初期試作型。起動輪が後ろ側にあるTK-1(シリアルNr.6006)と、前側にあるTK-2(シリアルNr.6007)の2種が作られて比較審査された。ともに初期はオープントップだったが、後に密閉式に改められた。この戦闘室形状は、後のTK-3に受け継がれた。TK-1は車体前部右側にラジエーターを装着しており、前面に
ラジエーターグリルを持つ。TK-2は、さらに足回りも改装強化され、生産型TK-3の原型となった。TK-1は審査終了後、モドリンの装甲部隊訓練センターでモニュメントになっていたことが写真で確認できる。


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