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ポーランド空軍のSu-7BKL
用途:戦闘機
分類:前線戦闘機
Su-7(スホーイ7、スホイ7;ロシア語:Су-7スー・スィェーミ)は、ソ連のスホーイ設計局が開発した後退翼のターボジェット機。北大西洋条約機構(NATO)が用いたNATOコードネームでは「フィッター」(Fitter)と呼ばれた。 当初Su-7は小型の前線戦闘機MiG-21Fに対し大型の前線戦闘機として開発され、1955年に初飛行を行った。しかしながら、次の生産型Su-7B以降戦闘爆撃機として開発を進めることになり、改良型のSu-7BMを経て最終的なSu-7BKLとその輸出型Su-7BMKとに発展した。また、複座型はSu-7U/UM/UMK/UKLが生産され、Su-17M等の練習機としても使用された。なお、防空軍向けに開発されたSu-9迎撃戦闘機は、Su-7の後退翼の代りにMiG-21のような三角翼を備えた姉妹機である。 ポーランド空軍ではソ連空軍と同じSu-7BKLが運用されていたが、これは雪上用橇を装備する同機がポーランドでの運用に適していたことに加え、同国空軍が極秘裏に核攻撃の任務を分担させられていたことに由来する。ポーランド空軍のSu-7BKLは、戦時には西ドイツに対し核攻撃を行うことになっていたとされる。なお、ポーランドではこの他にSu-7BMも運用していた。チェコスロヴァキアでも同様の状況であった。 インド空軍は、1967年から1969年にかけて140機のSu-7Bを購入した[1]。国産の戦闘爆撃機HF-24マルートと共に第一線での運用が続けられたが、後継機のMiG-23BNやMiG-27MLが配備されると退役した。 ソ連では、Su-17シリーズやMiG-27シリーズの配備に伴い第一線を退いたのちも、Su-7の主に複座型が各種試験に使用されていた。ソ連・ロシア機の標準装備となったK-36射出座席もこの機体で運用試験が行われていた。その後、ロシアではソビエト連邦の崩壊後もSu-7が同様の目的で運用され続けた。ウクライナやトルクメニスタンでもSu-7が保有されたが、こちらは運用の詳細は不明。その他の独立国家共同体諸国での運用の有無も明らかでない。Su-7の運用はソ連崩壊時にはすでに試験目的など「裏方」のものになっていたため、第一線機と違いその実態は不明な点が多い。海外の運用国でもすでにSu-7シリーズは退役して久しいが、その中ではエジプトでは実戦への投入後も長らく運用が続けられていた。イラクやアフガニスタンの機体は、戦乱により恐らく全機が使用不能状態となった。アルジェリアやイエメンの機体の末路は明らかでない。
概要
開発
運用