エスモール(S-MALL)は、山形県鶴岡市にある株式会社庄交コーポレーションが運営するショッピングセンター。庄内交通のエスモールバスターミナルと東京第一ホテル鶴岡を併設し、50店舗のテナントで構成。
@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}地元では、若者の間ではエスモの愛称で親しまれている。また、旧称である庄交モール(しょうこうモール)と呼ぶ人も少なくない。[独自研究?] 1974年(昭和49年)に庄内交通が本社敷地の高度利用と活性化の検討を開始し、フィジビリティスタディで大型ショッピングセンターの建設が可能との結果を受けて、ダイエーを核店舗とするショッピングセンターとバスターミナル・大型駐車場を建設する計画を纏めたのが始まりである[3]。 1976年(昭和51年)7月7日に「ダイエー進出反対決起大会」が開催された[7]。 1978年(昭和53年)1月に着工し[4]、同年11月に7バースのバスターミナルと約600台収容の立体駐車場を併設したショッピングセンター(SC)の「庄交モール」として開業した[3]。 開業時にはキーテナントとしてダイエー鶴岡店が入り、ピーク時には同店の年間売り上げが約54億円を超え[8]、山王町商店街や銀座通りなど、鶴岡の商業界に大きな影響を与えていた。 1981年(昭和56年)4月に第一ホテルシステムのフランチャイズで「庄交開発株式会社」が運営する「第一イン鶴岡」(延べ床面積約5,490m2)が開業した[3]。 1983年(昭和58年)4月に「ドゥ・スポーツプラザ」の協力で[3]「庄交余暇開発株式会社」が運営するスポーツ・カルチャー施設[9]「プラス・ワン」(敷地面積約3,300m2、延べ床面積約4,992m2)を開業した[3]。 1985年(昭和60年)5月3日に鉄骨造5階建ての第2駐車場(延べ床面積約18,000m2、約400台収容)を開設した[10]。 新年の出初式や鶴岡神社の獅子舞、園児の募金活動や共同作業所のバザーなどの地域の催しの会場提供も行っていた[11]。 しかし、1995年(平成7年)7月27日に「生協共立社」が「コメリパワー」を併設した「鶴岡共同の家・こぴあ」を開業すると[12]最も大きな影響を受け[13]、地域の催しの多くも同店に移行することになった[11]。 2001年(平成13年)8月に東田川郡三川町の国道7号三川バイパス沿いにイオン三川SC(現:イオンモール三川)が開業すると、ダイエー鶴岡店は売り上げ低迷に陥り、ダイエーは経営再建策の一環に沿って、2002年(平成14年)8月31日をもって鶴岡店を閉店した[8]。その後、庄交モールは改装によってファッション性の高いテナントを導入し、商業施設名をエスモールと改めて、10月26日にリニューアルオープンした[14]。 ダイエーの撤退や施設の老朽化のほか、郊外型量販店の攻勢もあり、一時存続が危ぶまれたが、リニューアルを積極的に行い、人の流れを取り戻しつつある。[要出典] 営業時間は、通常は10:00から20:00まで。
概要
沿革
1978年(昭和53年)
1月 - 着工[4]。
11月4日 - 庄交モールとしてオープン[2]。
1979年(昭和54年)12月2日 - 庄交モールなどの事業を行う庄交コーポレーションを設立。[要出典]
1981年(昭和56年)4月 - 「庄交開発株式会社」が運営する「第一イン鶴岡」が開業[3]。
1983年(昭和58年)4月[3] - 「庄交余暇開発株式会社」が運営するスポーツ・カルチャー施設[9]「プラス・ワン」が開業[3]。
1985年(昭和60年)5月3日 - 鉄骨造5階建ての第2駐車場を開設[10]。
2002年(平成14年)
8月31日 - ダイエー鶴岡店が撤退し[6]、専門店も閉鎖。
10月26日 - S-MALL(エスモール)として、専門店の営業を再開[14]。
2003年(平成15年)5月15日 - 株式会社東京第一ホテル鶴岡(存続会社)に吸収され、株式会社庄交コーポレーションとなった。この際に不動産関連会社やプラスワン、庄交トラベル等も合併した。[要出典]
2017年(平成29年)4月1日 - エスモールバスターミナルが新装開業[15]。
2019年(令和元年)9月26日 - マルホンプラスが開店[広報 2]。