ROLLY
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SONYの小型音楽プレーヤーについては「Sony Rolly」を、その他の用法については「ローリー」をご覧ください。

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ROLLY
2006年撮影
基本情報
出生名寺西 一雄
別名ローリー寺西、団地妻三郎[1]
生誕 (1963-09-06) 1963年9月6日(59歳)
出身地 日本 大阪府高槻市
学歴浪速工業高等学校電子科卒業
ジャンルグラムロック[2]
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ボーカル

ギター

担当楽器

ミュージシャン

音楽プロデューサー

俳優

活動期間1982年 -
事務所ソニー・ミュージックアーティスツ
共同作業者すかんち
公式サイトROLLY OFFICIAL WEBSITE

ROLLY(ローリー、1963年9月6日 - )は、日本ミュージシャン音楽プロデューサー俳優[3]。旧名はローリー寺西(ローリーてらにし)および寺西 一雄(てらにし かずお:本名)。京都府京都市南区生まれ、大阪府高槻市育ち。高槻市立第二中学校 浪速工業高等学校(現:星翔高等学校)電子科卒業。身長171cm、体重55.5kg。従弟シンガーソングライター槇原敬之[3]
来歴

ロックバンドすかんちのボーカル兼ギターとしてデビュー。当時はローリー寺西を名乗っていた。グラムロックを取り入れた音楽とユニセックス風のビジュアルで人気を博す。中でも楽曲「恋のマジックポーション」と「恋のミラクルサマー」は、フジテレビの番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』のテーマ曲に採用されて注目を浴びた。1989年には、従弟(母の弟の息子)の槇原敬之AXIAのオーディションに応募する際に作成したデモテープにサポートギタリストとして参加している。このデモテープは1990年3月にグランプリを受賞した。

すかんちの解散後は芸名をROLLYと改め、ソロで音楽活動や音楽プロデュースを行うほか、ユニークなキャラクターを活かし、タレント役者(自称する肩書きは「エンターティナー」)としても活動、バラエティ番組CM映画演劇などにも数多く出演。また有数の海外ロック通としても知られ、BS放送などでのロック特集にはコメンテーターとして出演することも多い。また、槙原プロデュースによる本名の寺西一雄名義での楽曲リリースもある。

CSチャンネルでは自身の冠番組『ROLLYキングダム』に出演していたが、ミュージシャンたちをテーマにした音楽番組的な企画を展開する一方で、ヌード写真撮影会を開催するなど過激な企画も展開していた。

すかんち解散から10年後の2006年、かつてのメンバーらとともにすかんちを再結成し、2日間のみの再結成ライブツアーを行った。2007年にも再結成後2度目のライブツアーを実施。また、2008年には佐藤研二(元マルコシアス・バンプ)と高橋ロジャー和久(元X-RAY)とともにTHE 卍を結成し、同名のCDを発売した。2009年の大晦日に放送された『第60回NHK紅白歌合戦』には、平原綾香のサポートギタリストとして出演。演奏曲は『ミオ・アモーレ』。

2022年 第25回みうらじゅん賞受賞[4]
エピソード
ギタースタイル

フェルナンデスグレコのギターを愛用し、バンド時代後期には「ROLLY」の文字を象ったギターがトレードマークだった。しかし、バンド時代を通じ、ライブやレコーディングでは音質を含む演奏性からグレコ製のギターを使用することが多かった。

ジョニー・ウィンターのライブアルバムでの演奏を聴いて以来、「すごいギタリストはワンパターンだ」という信条を持つようになった。聴いた瞬間にその人物だとわかるような演奏をすることが理想だという。その他、エース・フレーリーウリ・ジョン・ロートブライアン・メイ石間秀樹山本恭司寺内タケシなどからの影響を公言している。

エレキギター の「笑うギター」という技を持つ。これは、ギターが笑っているかのようにキュルキュルと音をたてるものである。30年間誰にも教えたことがない秘密の技らしく、GyaOの番組『GyaO FUJIYAMA』出演時には背を向けて演奏した。

笑うギター 高槻の松田茂樹氏が発明した「笑うギター」は決して他人には見られてはいけない秘密の技でギター奏法の七不思議の一つとされる。現在は「笑うギター2」「笑うギター3」「六弦グィングィン奏法」に進化しているらしい[5]

また『TVチャンピオン』(テレビ東京)の「芸能人ギター選手権」出場時には、アコースティック・ギターで「荒城の月」を弾いて優勝した。

このほか、横山ホットブラザーズの持ちネタ「おーまーえーはーアーホーかー」をギターで再現・披露したこともある。


「ワンステージワンギター」がポリシー。求めている音が1つであるため、ギターが変わるとその事ばかりが気になってしまうからとのこと[6]

使用機材

GIBSON Les Paul Deluxe 2015 Pelham Blue Metalic Top(G-FORCE)


人物

現在は細身の体型だが、幼少の頃は肥満児でいじめも受けていた。電器屋の息子で、太っていて、ナマズひげが生えていた事から、「電気ブタナマズ」と呼ばれていたとのこと
[7]。当時を振り返り「こんなひどいことをされて、大人になったらいつかこのことを発表する時が来るだろう。だったら、もっと面白いことをやってくれよ。」と思っていたと述懐。

バンド解散の危機の際に、「あの人たち、ルックスは最低だった」と思われてはかなわないとダイエットを決意した。カロリー制限をしたり、食べる量を減らしたりと苦しいダイエットだったが、成功して現在の体型になった。

大竹まことから「よい体形を維持している」と褒められたのに対し「心の中には今も肥満児の僕がいる。周りの人をうまく騙している感じ」と答えている[8]

現在もなお「肥満」に対して恐怖感に近い感情を持っており、傍目には明らかに痩身に見えるにも関わらず、本人としては不満で脂肪吸引を2回行っている[9]


高校時代に結成したバンドの名前は「猟奇納骨堂(りょうきのうこつどう)」[10]。「バンドで老人ホームの慰問を行った際に、司会の老年の方が“次の出演者は、浪速工業高校の、(うっ)、猟奇納骨堂の皆さんです”と紹介されたのが楽しかった。お客さんにも受けていた。」と語っている[8]

笑っていいとも!』(フジテレビ)にレギュラーで出演していた時期には、カメラ目線で視聴者に語り掛ける形で「奥さん、お宅の娘さん、今セックスしてますよ!」、[11]「奥さん、お宅の娘さんのパンツ、俺が買いましたよ!」[12]、「奥さん、お宅の台所の米、腐ってるよ!」[13][14]、「奥さん、お宅の天井裏で忍者が死んでますよ!」、「奥さん、今、お宅の家燃えてますよ!」、「テレビの前のよい子のみんな、お前を殺す!」[15][14]、「今からこの番組で放送事故を起こしてやる!おま、たせ致しました!」など毎回のように問題発言(※本人はギャグのつもりで言っていた)を繰り返していたため、放送後に苦情の電話が殺到していた。

本人は後年「お宅の台所の米、腐ってるよと言ったら、“今確認してみたが、うちの米は腐っていない”という苦情が届いたと聞き、不謹慎だが笑ってしまった。」と語っている。


タモリ倶楽部』(テレビ朝日)の「空耳アワー」に投稿し、番組オリジナルのジャンパーを獲得したことがある。ちなみに曲はQUEENの "Somebody to Love" (『A DAY AT THE RACES』に収録)で、「But everybody ワシャコケた!(wants to put me down)」というネタだった。

中居正広の怪しい噂の集まる図書館』(テレビ朝日)内の企画「絶対スッピンNGだった芸能人が初公開しちゃうぞSP」で、「スッピンでテレビ出演する事はできるか?」とのオファーに対し、所属事務所から「ROLLYはメイクあってのROLLYなのでスッピンは公開できないし、今後もそのような事は一切ない」とコメントされている[16]

2020年秋頃から右手にドケルバン腱鞘炎を発症。2021年9月26日、症状が悪化したため右手・親指を固定。暫くの間はギター演奏などしないようドクターストップがかかったことを自身のTwitterを通じて報告した[17]

ディスコグラフィ

タイトル横の数字は発売年。
シングル

21世紀のラヴァーズ(1996年)
『21st Century Stars』(
加藤ひさしとのユニット)名義

Name of Love(1998年)
寺西一雄名義、槇原敬之が楽曲提供およびプロデュース、オリコン最高65位c/wは槇原の『SPY』のカバー『Name of Love』の槇原版はアルバム「Cicada」に収録

S O S '99(1998年)

ムチムチロケンロー!!(1999年)
アニメ『ヨシモトムチッ子物語』前期主題歌

変身(2000年) - NHK「みんなのうた」2000年4月 - 5月放送曲

POWER CHILD(2000年)
RIDER CHIPSのフィーチャリングヴォーカリスト『RIDER CHIPS featuring ROLLY』名義

DEEP BREATH(2001年)
『RIDER CHIPS featuring ROLLY』名義、『仮面ライダーアギト』3rdエンディングテーマ

SAMURAI(2001年)
アニメ『地球防衛家族』オープニングテーマ

マリオネット(2008年)


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