R.E.M.
2011年、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において第94位[要出典]。
マイク・ミルズ(Mike Mills) - ベース、ピアノ
旧メンバー
ビル・ベリー(Bill Berry) - ドラム(1997年脱退)
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R.E.M.のメンバーが影響を受けたバンドとしては、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、パティ・スミス、テレヴィジョン 等があげられる。パティ・スミスは『ニュー・アドベンチャーズ・イン・ハイ・ファイ』収録曲「E-Bow the Letter」に参加している。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの楽曲を数多くカバーしている。
「アフター・アワーズ」 - ライブ音源が1990年9月発売のビデオ『Tourfilm』や1991年のシングル「Losing My Religion」などに収録された[2]。
「宿命の女」 - 1986年の12インチ・シングル「Superman」に収録。コンピレーション・アルバム『Dead Letter Office』に収録[3]。
「もう一度彼女が行くところ」 - 1983年のシングル「レディオ・フリー・ヨーロッパ」(I.R.S. バージョン)のB面に収録。
「ペイル・ブルー・アイズ」 - 1984年の12インチ・シングル「サウス・セントラル・レイン」に収録。
同じくグレン・キャンベルの楽曲も数多くカバーしている。
「ウィチタ・ラインマン」 - 1996年のCDマキシシングル「Bittersweet Me」のB面。1995年9月15日にテキサス州ヒューストンで演奏されたライブ音源。2014年発売のコンピレーション・アルバム『Complete Rarities: Warner Bros. 1988?2011』に収録された。
「ジェントル・オン・マイ・マインド」 - 2007年のアルバム『Sounds Eclectic: The Covers Project』に収録。録音は2001年6月12日に行われた。
「ガルベストン」 - 1995年のドキュメンタリー『Rough Cut』に登場。コンサートのリハーサル場面が収録されている。
「恋はフェニックス」 - 1995年のツアーで演奏された[4]。
トム・ヨーク(レディオヘッド)、クリス・マーティン(コールドプレイ)、ソニック・ユース、パール・ジャム、スティーヴン・マルクマス(ペイヴメント)、デーモン・アルバーン(ブラー、ゴリラズ)らからのリスペクトを一身に受けている。
ニルヴァーナのカート・コバーンもR.E.M.への共感を表明していた一人。『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』はカートが自殺する直前に聞いていたとされるレコードとしても知られる[5]。
ピーター・バックのギターサウンドは、デビュー当時ザ・バーズとよく比較された。
同郷のB-52'sのケイト・ピアソンは『アウト・オブ・タイム』の数曲でボーカルとして参加している。
ジョン・ポール・ジョーンズは『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』でストリングスのアレンジを担当している。
俳優ジョニー・デップは、ギビー・ハインズ(バットホール・サーファーズ)らと組んだバンド、Pで「マイケル・スタイプ」という楽曲を制作している。
ディスコグラフィ詳細は「R.E.M.の作品」を参照
スタジオ・アルバム
『マーマー』 - Murmur(1983年)US 36位、ゴールド
『夢の肖像』 - Reckoning(1984年)US 27位、ゴールド
『玉手箱』 - Fables Of The Reconstruction(1985年)US 28位、ゴールド
『ライフズ・リッチ・ページェント』 - Lifes Rich Pageant(1986年)US 21位、ゴールド
『ドキュメント』 - Document(1987年)US 10位、プラチナ
『グリーン』 - Green(1988年)US 12位、2xプラチナ
『アウト・オブ・タイム』 - Out Of Time(1991年)US 1位、4xプラチナ
『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』 - Automatic For The People(1992年)US 2位、4xプラチナ UK 1位
『モンスター』 - Monster(1994年)US 1位、4xプラチナ UK 1位
『ニュー・アドベンチャーズ・イン・ハイ・ファイ』 - New Adventures In Hi-Fi(1996年)US 2位、プラチナ UK 1位
『UP』 - Up(1998年)US 3位、ゴールド UK 1位
『リヴィール』 - Reveal(2001年)US 6位、ゴールド UK 1位
『アラウンド・ザ・サン』 - Around The Sun(2004年)US 13位、ゴールド UK 1位 WorldWide 1位
『アクセラレイト』 - Accelerate(2008年)US 2位 UK 1位 WorldWide 1位
『コラプス・イントゥ・ナウ』 - Collapse Into Now(2011年)
ライブ・アルバム
『R.E.M. ライヴ』 - R.E.M. Live(2007年)
『ライヴ・アット・ジ・オリンピア』 - Live At The Olympia(2009年)
コンピレーション・アルバム
『エポニマス』 - Eponymous(1990年)
『ザ・ベスト・オブ・R.E.M.』 - The Best Of R.E.M.(1991年)
『イン・タイム:ザ・ベスト・オブ・R.E.M. 1988-2003』 - In Time: The Best of R.E.M. 1988-2003(2003年)
And I Feel Fine - The Best of I.R.S. Years 1982-1987(2006年)
Part Lies, Part Heart, Part Truth, Part Garbage: 1982-2011(2011年)
日本公演
1984年 11月5日 早稲田大学、8日 青山学院大学、10日 横浜国立大学、11日 専修大学
1989年 1月26日・27日 MZA有明
1995年 2月1日・2日 日本武道館
2005年 3月16日 日本武道館、17日 愛知県芸術劇場大ホール、18日 グランキューブ大阪メインホール (いずれの公演もdoaがオープニングアクトを務めた。)
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バンド名の由来についてメンバーのマイク・ミルズは、CDジャーナル2011年3月号のインタビューでRemember Every Momentという解釈に言及している[注 3]。
ローリング・ストーン誌の表紙を飾った際には、「アメリカ最高のロック・アンド・ロール・バンド」、「世界で最も重要なロックバンド」と紹介された[要出典]。
スタイプとバックは、当時バックが働いていたレコード店で出会い意気投合。スタイプが購入するレコードはどれもバックが自分用に確保しておいた品物だったという。
ミルズとベリーは高校以来の音楽仲間で、二人はジョージア大学に通っていた。
R.E.M.という名前に決定する前に候補として挙げられていたバンド名は、Cans of Piss(小便缶)、Slug Bank(ナメクジ銀行)、Twisted Kites(からまった凧)、Negro Wives(黒人の妻達)。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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