R・G・アームストロング
R. G. Armstrong
Armstrong in T.H.E. Cat
R. G. Armstrong
生誕Robert Golden Armstrong Jr.
出身校Howard College
ノースカロライナ大学チャペルヒル校
子供4
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R・G・アームストロング(英: R. G. Armstrong, 本名:Robert Golden Armstrong, Jr., 1917年4月7日 - 2012年7月27日)は、アメリカ合衆国の俳優。 1917年、アラバマ州ジェファーソン郡に生まれる。後に同州のバーミングハムへ移住し、そこで育った[2]。高校卒業後は地元アラバマの大学へ入学するが、後にノースカロライナ大学チャペルヒル校へ編入[2]。大学在学中から演劇に興味を抱き、学内の劇団などへも参加した。大学卒業後にはアクターズ・スタジオで更に演劇を学んだ。しばらくして、ブロードウェイで舞台デビューを果たし、キャリアをスタート。オフ・ブロードウェイなどの舞台へも立ち、役者としての修業を積む。1954年に『エデンの園
来歴
1960年代から1970年代には『昼下りの決斗』など映画や『ローハイド』などのテレビ・シリーズのゲスト出演など、数々の西部劇へ出演した。また、サム・ペキンパー監督作品にも起用され、先述の『昼下りの決斗』、『ダンディー少佐』(1965年)、『砂漠の流れ者(ケーブルボーグのバラード)』(1970年)、『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(1973年)にも脇役出演し、粗野で武骨な個性を見せた。
その後もコンスタントに様々な作品へ出演し、米国ロケもされたマカロニ・ウエスタン『ミスター・ノーボディ』(1973年)にも起用されたが、R・K・アームストロング(R.K.Armstrong)とクレジットされている。また、バージョン違いではR・G・アームストロングと正式名でクレジットされていたりもする。『ミスター・ノーボディ』の主演者だったイタリア俳優のテレンス・ヒルの本格的ハリウッド進出作『Mr.ビリオン』(1976年)にも助演している。
1980年代にはチャック・ノリス主演、スティーヴ・カーヴァー監督の『テキサスSWAT』(1983年)、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の『プレデター』(1987年)などへも出演している。特にカーヴァー監督作品には目立って起用され、『超高層プロフェッショナル』(1979年)、『ザ・ダイバー/炎の脱出』(1986年/テレビ映画)、『サンダー・ブラスト/地上最強の戦車』(1987年)にも出演している。 3回の結婚歴があり、1957年に最初の妻でアニメーターのアン・ニールと結婚して4児の父親となった[2]が、1972年に離婚した。1973年から1976年にかけて2度目の結婚をし、その後は1993年に最後の妻のメアリー・クレイヴンと結婚した。 2012年7月27日、カリフォルニア州ロサンゼルスのスタジオ・シティにあった自宅で老衰のため、死去[3]。95歳だった。 公開年邦題
私生活
死去
出演作品
映画
原題役名備考
1956ベビイ・ドール
Baby Dollシド声の出演
クレジット無し
1957群衆の中の一つの顔
A Face in the CrowdTV Prompter Operatorクレジット無し
1958向う見ずの男
From Hell to Texasボイド
ニューヨークの顔役
Never Love a Strangerフリックス
1960蛇皮の服を着た男
The Fugitive Kindジョーダン・タルボット
1962昼下りの決斗
Ride the High Countryジョシュア
1964みな殺しの西部
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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