PlayStation_2
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また同じく独自開発プロセッサであるGraphics Synthesizer(GS)によって、テクスチャマッピングなどの基本的な3Dグラフィック処理[5]のほか、性能上の制約が厳しいがセルフシャドウ描写や擬似的なハイダイナミックレンジ合成を行うこともできる[6]

本機は縦置きにも横置きにも対応し、DVDを主要メディアとして採用したことで、前世代機よりも映画的なゲームが増大し、DVD-Videoの再生機能を搭載したことで安価なDVDプレーヤーとしても利用でき、DVD-Videoの普及促進にも貢献した。また、光デジタル出力端子が搭載され、ゲーム機としては初となる立体音響が採用された[7]。これによりAVアンプやデジタル用の同軸ケーブルと繋ぐことで、サラウンドサウンドシステムを構築することができる[7]

このように、本機はゲーム機としての基本スペックが当時のパソコンを上回っており[5]、DVD-Video再生機能やサラウンドサウンド、PlayStation BBを利用したインターネットへの接続などによって、「ゲーム機」の枠を超えた実用的なマルチメディア再生機を実現させた。

PS2のグラフィックシステムも扱えるようにしたLinuxであるPS2 LinuxというOSも別途発売された[8]が、PS2のリアルタイム3DCGに偏った独特の構造に起因する利用難易度の高さから主にギークの間で少数のみ出回り、各種実験が行われたのみで終わっている。但し、米イリノイ大学国立スーパーコンピューター応用研究所(NCSA)PS2 Linuxを利用して理論的には毎秒5000億回の演算が可能なクラスター・システムを構築することには成功している[9][10][注釈 8]

本機はPSとの互換機能(画質改善機能も追加)を搭載したため、既存ユーザーをそのまま取り込むことができ、PSで発売されたシリーズ作品の続編も発売されたことなどから人気を得た。2023年現在、史上最も売れたゲーム機(1億5500万台)[3]となり、次世代機である『PlayStation 3』が2006年11月11日に発売されて以降も本機は2012年12月28日まで生産された。
歴史年表形式の記述については「#年表」を参照

1999年平成11年)3月2日東京国際フォーラムで開催された「PlayStation Meeting 1999」において「次世代プレイステーション」として発表。製品発表会にはほとんど姿を出さない出井伸之ソニー社長(当時)が出席し「あまりにも素晴らしいものができたので応援に来た」と発言した[11]。基本仕様とSCEおよびサードパーティーナムコスクウェア)制作の性能デモが公開される[12]初代PlayStationのようなポリゴンテクスチャの歪みが無く、大量の光の粒子で構成される花火やキャラクターの表情が動くなどの高度な3DCGは来場者に衝撃を与え、また期待を集めた。

同年9月13日にSCEが発売日と外観、39,800円の標準価格を公表し[13]、翌9月14日の朝日新聞に掲載された。日本では日付語呂にあわせて2000年(平成12年)3月4日発売となり、販売台数は発売から3日で60万台、ネットショップによる2週間先の注文分を含む38万台を加えて98万台を記録した[14]。なお、使用部品の性能の高さと安価性から「兵器転用の恐れがある」としてワッセナー・アレンジメントで輸出規制対象となっていたことが明らかになり、発売当初に話題となった[15]

2000年12月8日、SCPH-18000の発売時に行列を作ったのはライトユーザーが多かった。PS2用メモリーカードは別売となったが本体と一緒にメモリーカードを購入する人は少なかった。「メモリーカードはいかがですか?」と聞いても「いらない」という答えが返ってきていた。店頭に並んでいた人に本体の用途を聞いてみたところDVDプレーヤーとしての機能の充実に興味を持つ人が多かった[16]

2003年にアナログ放送録画とHDDを内蔵したソニーのハイブリッドレコーダー「PSX」が発売。

2004年(平成16年)時点で日本の据置ゲーム機の8割のシェアを獲得した[要出典]。

2005年(平成17年)5月17日には次世代機であるPlayStation 3 (PS3) の概要が発表され、同年12月にはXbox 360がPS3よりも先立って発売されるなど次世代機への関心が高まり、相対的にPS2販売台数は縮小傾向になっていった。

2006年(平成18年)11月に次世代機であるPS3[注釈 9]が発売された後も、しばらくはテレビゲーム市場の一角を占めていた。例えば2007年の北米における年末商戦ではPS3が120万台・PS2が130万台を売り上げていた[17]。裕福層がPCゲームへと移行する中、比較的貧困層向けへのビデオゲームの売れ行きが良く、特に発売から年数が経過し購入しやすい価格となったPS2は人気であった。また、この頃よりゲームソフトのマルチプラットフォーム化が進んで、大手メーカーソフトがPS2を含めた多機種で発売されることもあった。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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