PlayStation_2
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PlayStation 2
プレイステーション2

メーカーソニー・コンピュータエンタテインメント
種別据置型ゲーム機
世代第6世代
発売日 2000年3月4日
2000年10月26日
2000年11月24日
2000年11月30日
2002年1月24日
2002年2月22日
2004年1月1日[1][2]
2009年10月25日
CPUEmotion Engine 294.912 MHz
GPUGraphics Synthesizer 147.456 MHz
対応メディアDVD
CD
対応ストレージメモリーカード(PS
PocketStation
メモリーカード(PS2、MagicGate対応)
ハードディスクドライブ[注釈 1]
コントローラ入力プレイステーションコントローラ
アナログコントローラ
DUALSHOCK
DUALSHOCK 2
USB
外部接続USB 1.1
IEEE 1394[注釈 2]
PCカードスロット[注釈 3]
イーサネット (10BASE-T/100BASE-TX)[注釈 4]
2G回線[注釈 5]
オンラインサービスiモード
マルチマッチングBB
PlayStation BB
売上台数 1億5,500万台(2012年3月末時点)[3]
2,198万台[4]
互換ハードウェア.mw-parser-output .plainlist--only-child>ol,.mw-parser-output .plainlist--only-child>ul{line-height:inherit;list-style:none none;margin:0;padding-left:0}.mw-parser-output .plainlist--only-child>ol li,.mw-parser-output .plainlist--only-child>ul li{margin-bottom:0}

PSX

BRAVIA KDL22PX300

(SCPH-70000以降・DESR-5500,5700,7500,7700・KDL22PX300(欧州のみ)は、PlayStation BB対応ソフトを除く)

後方互換PlayStation
前世代ハードウェアPlayStation
次世代ハードウェアPlayStation 3
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PlayStation 2(プレイステーション ツー、略称: PS2[注釈 6])は、ソニー・コンピュータエンタテインメント(略:SCE, 現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント〈略:SIE〉)が日本2000年3月4日北米で同年10月、欧州で同年11月に発売した家庭用ゲーム機
概要

本機は3Dゲーム機の黎明期に当たる1994年に発売されたPlayStation(以下、PS)の次世代機として開発された。本機には独自開発プロセッサであるEmotion Engine(EE)が搭載され[5]、EEによる強化されたリアルタイムの物理演算によって、前世代機よりも表現力が向上した[注釈 7]。また同じく独自開発プロセッサであるGraphics Synthesizer(GS)によって、テクスチャマッピングなどの基本的な3Dグラフィック処理[5]のほか、性能上の制約が厳しいがセルフシャドウ描写や擬似的なハイダイナミックレンジ合成を行うこともできる[6]

本機は縦置きにも横置きにも対応し、DVDを主要メディアとして採用したことで、前世代機よりも映画的なゲームが増大し、DVD-Videoの再生機能を搭載したことで安価なDVDプレーヤーとしても利用でき、DVD-Videoの普及促進にも貢献した。また、光デジタル出力端子が搭載され、ゲーム機としては初となる立体音響が採用された[7]。これによりAVアンプやデジタル用の同軸ケーブルと繋ぐことで、サラウンドサウンドシステムを構築することができる[7]

このように、本機はゲーム機としての基本スペックが当時のパソコンを上回っており[5]、DVD-Video再生機能やサラウンドサウンド、PlayStation BBを利用したインターネットへの接続などによって、「ゲーム機」の枠を超えた実用的なマルチメディア再生機を実現させた。

PS2のグラフィックシステムも扱えるようにしたLinuxであるPS2 LinuxというOSも別途発売された[8]が、PS2のリアルタイム3DCGに偏った独特の構造に起因する利用難易度の高さから主にギークの間で少数のみ出回り、各種実験が行われたのみで終わっている。但し、米イリノイ大学国立スーパーコンピューター応用研究所(NCSA)PS2 Linuxを利用して理論的には毎秒5000億回の演算が可能なクラスター・システムを構築することには成功している[9][10][注釈 8]

本機はPSとの互換機能(画質改善機能も追加)を搭載したため、既存ユーザーをそのまま取り込むことができ、PSで発売されたシリーズ作品の続編も発売されたことなどから人気を得た。2023年現在、史上最も売れたゲーム機(1億5500万台)[3]となり、次世代機である『PlayStation 3』が2006年11月11日に発売されて以降も本機は2012年12月28日まで生産された。
歴史年表形式の記述については「#年表」を参照

1999年平成11年)3月2日東京国際フォーラムで開催された「PlayStation Meeting 1999」において「次世代プレイステーション」として発表。製品発表会にはほとんど姿を出さない出井伸之ソニー社長(当時)が出席し「あまりにも素晴らしいものができたので応援に来た」と発言した[11]。基本仕様とSCEおよびサードパーティーナムコスクウェア)制作の性能デモが公開される[12]初代PlayStationのようなポリゴンテクスチャの歪みが無く、大量の光の粒子で構成される花火やキャラクターの表情が動くなどの高度な3DCGは来場者に衝撃を与え、また期待を集めた。午後4時半に終了した発表会だが、当日の午後5時前後のニュース番組には映像が流れていた。当日の深夜に発表会のリポートを放送したテレビ番組の「トゥナイト2」をビデオリサーチ視聴率を調べたところ、当週の深夜番組の中でトップを記録していた[13]

同年9月13日にSCEが発売日と外観、39,800円の標準価格を公表し[14]、翌9月14日の朝日新聞に掲載された。日本では日付語呂にあわせて2000年(平成12年)3月4日発売となり、販売台数は発売から3日で60万台、ネットショップによる2週間先の注文分を含む38万台を加えて98万台を記録した[15]。なお、使用部品の性能の高さと安価性から「兵器転用の恐れがある」としてワッセナー・アレンジメントで輸出規制対象となっていたことが明らかになり、発売当初に話題となった[16]

2000年12月8日、SCPH-18000の発売時に行列を作ったのはライトユーザーが多かった。PS2用メモリーカードは別売となったが本体と一緒にメモリーカードを購入する人は少なかった。「メモリーカードはいかがですか?」と聞いても「いらない」という答えが返ってきていた。店頭に並んでいた人に本体の用途を聞いてみたところDVDプレーヤーとしての機能の充実に興味を持つ人が多かった[17]

2003年にアナログ放送録画とHDDを内蔵したソニーのハイブリッドレコーダー「PSX」が発売。

2004年(平成16年)時点で日本の据置ゲーム機の8割のシェアを獲得した[要出典]。

2005年(平成17年)5月17日には次世代機であるPlayStation 3 (PS3) の概要が発表され、同年12月にはXbox 360がPS3よりも先立って発売されるなど次世代機への関心が高まり、相対的にPS2販売台数は縮小傾向になっていった。

2006年(平成18年)11月に次世代機であるPS3[注釈 9]が発売された後も、しばらくはテレビゲーム市場の一角を占めていた。例えば2007年の北米における年末商戦ではPS3が120万台・PS2が130万台を売り上げていた[18]。裕福層がPCゲームへと移行する中、比較的貧困層向けへのビデオゲームの売れ行きが良く、特に発売から年数が経過し購入しやすい価格となったPS2は人気であった。また、この頃よりゲームソフトのマルチプラットフォーム化が進んで、大手メーカーソフトがPS2を含めた多機種で発売されることもあった。

ヨーロッパでは、2010年にPS2を内蔵したソニーの液晶テレビBRAVIA KDL22PX300」が販売されている。

2011年(平成23年)時点では日本をはじめ、アメリカやヨーロッパなどの先進国ではPS3が主流となったが、ゲームが楽しめる上にDVDプレーヤーとしても使えること、DVDそのものが依然として主流であること、主要国ではそれらが“枯れた”規格としての手軽さなどから東南アジア中東などの新興国で売り上げを伸ばしており、同年1月には世界販売台数が1億5000万台を突破した[19]

2012年(平成24年)12月28日をもって日本国内における本体 (SCPH-90000) の出荷が完了したことがSCEJより発表された[20]。全世界での販売台数が1億5500万台以上で幕を閉じた。海外市場でも完全に生産終了したことが2013年1月4日に英紙the Guardianで報道された[21]

2014年(平成26年)3月31日には、SCPH-50000MB/NHおよび90000シリーズを除く機種で、2015年(平成27年)3月31日にはSCPH-50000MB/NHの修理等のアフターサービスの受付が終了[22]

2018年(平成30年)8月31日には、最終モデルであるSCPH-90000の修理受付を終了した[22]
累計生産出荷台数

SCEが発表時に用いる「生産出荷台数」は生産量に近い数字であり、 問屋や小売に販売する出荷とは意味の違う言葉であることに注意[23][24]。本項では登記上正統な「出荷台数」で表記する。

2000年3月6日 - 日本72万台[25][注釈 10]

2000年3月25日 - 日本125万台[26]

2000年5月25日 - 日本200万台[27]

2000年8月1日 - 日本300万台[28]

2001年3月23日 - 世界1,000万台[29]

2001年5月17日 - 日本500万台、世界1,200万台[30]

2001年10月10日 - 世界2,000万台[31]

2001年11月26日 - 日本710万台[32]

2001年12月11日 - 世界2,300万台[33]


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