PI3キナーゼ(英: Phosphoinositide 3-kinase, PI3K、EC 2.7.1.137)は、イノシトールリン脂質のイノシトール環3位のヒドロキシル基(-OH基)のリン酸化を行う酵素である[1]。イノシトールリン脂質は真核生物の細胞膜を構成する成分の一つであり、PI3Kをはじめとしたキナーゼ(リン酸化酵素)の触媒作用を受けてホスファチジルイノシトール-3,4,5-三リン酸 PtdIns(3,4,5)P3となり、プロテインキナーゼB(PKB)/Aktを活性化する。このシグナル伝達経路はPI3キナーゼ-Akt経路と呼ばれ、様々な生理作用の発現に関与する。特にインスリンの分泌促進に深く関与することから[2]、新たな糖尿病薬の開発が示唆されている[3]。 PI3キナーゼは構造によりクラスI・クラスIIおよびクラスIIIの3つのクラスに分類される。 クラスI PI3Kはヘテロ二量体であり、シグナル伝達において重要な役割を果たす。これらはアミノ酸配列の相同性からクラスIAとクラスIBにさらに分けられる。クラスIAは p110α、β およびδからなり、調節サブユニットであるp85α、p55α、p50α、p85βおよびp55γと結合している。これらの調節サブユニットのうちp85αの発現が最も高い。p85α、p55α、p50αは同一遺伝子(Pik3r1)のスプライシングバリアントであり、p85βとp55γはそれぞれPik3r2およびPik3r3遺伝子に由来する。クラスIAはPKBの活性化に関与している。一方、クラスIB PI3Kであるp110γは哺乳類においてのみ発現が見られ、Gタンパク質のβγサブユニットやp101によってその機能を調節される。クラスIBのPI3キナーゼは主にGタンパク質共役受容体(GPCR)からの刺激により活性化され、PtdIns(3,4)P2のリン酸化により産生されたPtdIns(3,4,5)P3は細胞内情報伝達機構においてセカンドメッセンジャーとして機能する。 クラスIIにはα、βおよびγの4つが存在するが、いずれも調節サブユニットを有さず単量体で酵素活性を示す。クラスIと比較してPtdInsとPtdIns(4)Pに対する基質特異性が高い。クラスIIの機能や活性化機構についてはまだ議論の余地がある。 また、クラスIII PI3KはPtdInsからPtdIns(3)Pを産生し機能的にはクラスIIに近いが、構造的にはクラスIにより類似しておりヘテロ二量体を形成して機能する。クラスIII PI3Kはタンパク質輸送などに関与している。 細胞に何らかの刺激が入るとTyr-X-X-Met[要曖昧さ回避](YXXM、X=任意のアミノ酸)モチーフを有する分子に対して調節サブユニットであるp85がSH2ドメインを介して結合する。調節サブユニットは2つのプロリンに富んだ領域(PRMモチーフ)を有しており、p110との結合に関与している[4]。活性化したPI3Kは細胞膜においてPtdIns(3,4,5)P3を産生する反応に関与するが、PKBを活性化する経路にはPtdIns(3,4,5)P3がPKBを活性化する直接的な経路と間接的経路が存在する。間接的経路においてはPtdIns(3,4,5)P3がPDK1(3-phosphoinositide-dependent protein kinase-1)と呼ばれるプロテインキナーゼをリクルートし、PKBのリン酸化を行う。さらにPDK2によるPKBのカルボキシル基側末端側ドメインのリン酸化も行われ、PKBは細胞膜から遊離する。 PI3Kの機能はイノシトールリン脂質をリン酸化することにより、3位がリン酸化されたホスファチジルイノシトールを生成する反応を触媒することである。この反応による生成物としてPtdIns(3)P、PtdIns(3,4)P2、PtdIns(3,5)2、PtdIns(3,4,5)P3が挙げられる。PI3Kの活性化はその下流にある分子を介して細胞分化
分類
クラスIPI3キナーゼ。
クラスII・クラスIII
活性化経路
機能
PI3K阻害薬としてワートマニン(Wortmannin)やLY294002などの薬物が存在するが高濃度で生体に投与した際に種々の毒性を発現することが知られている。近年では新規PI3K阻害薬であるAS605240やZSTK474、PI3Kδ特異的阻害薬であるIC486068やIC87114は毒性が少ないことから治療薬としての応用が検討されている。
出典
今堀和友、山川民夫 編集 『生化学辞典 第4版』東京化学同人 2007年 ISBN 978-4-8079-0670-3