MTORC1
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mTOR
ヒトmTORC1ヘテロ六量体
識別子
略号MTOR
他の略号FRAP, FRAP2, FRAP1
Entrez(英語版)2475
HUGO3942
OMIM601231
RefSeqNM_004958
UniProtP42345
他のデータ
EC番号
(KEGG)2.7.11.1
遺伝子座Chr. 1 p36
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RPTOR
識別子
略号RPTOR
他の略号KOG1, Mip1
Entrez(英語版)57521
HUGO30287
OMIM607130
RefSeqNM_001163034.1
UniProtQ8N122
他のデータ
遺伝子座Chr. 17 q25.3
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mTORC1(mechanistic/mammalian target of rapamycin complex 1)は、栄養素・エネルギー・酸化還元状態のセンサーとして機能し、タンパク質合成を制御するタンパク質複合体である[1][2]

mTORC1は、mTORRPTOR、MLST8(英語版)、PRAS40(英語版)、DEPTOR(英語版)からなる複合体である[2][3][4]。この複合体はmTORの古典的機能、すなわち栄養素・エネルギー・酸化還元状態のセンサー、そしてタンパク質合成の制御因子としての機能を担う[1][2]。この複合体の活性は、ラパマイシンインスリン成長因子ホスファチジン酸、特定のアミノ酸とその誘導体(ロイシン3-ヒドロキシイソ吉草酸など)、機械刺激、酸化ストレスによって調節される[2][5][6]

mTORC1の役割はタンパク質合成の活性化である[7]。細胞がより多くのタンパク質を合成して成長と増殖を行うためには、タンパク質産生に利用可能な資源の存在を保証しなければならない。タンパク質の産生、すなわちmTORC1の活性化のためには、mRNA翻訳を開始するための適切なエネルギー源、栄養素、酸素、適切な成長因子が存在しなければならない[4]
リソソームでの活性化リソソームでのmTORC1の活性化
TSC複合体

タンパク質合成に要求される因子の変動のほぼすべてが、TSC1(英語版)/TSC2複合体との相互作用を介してmTORC1の活性化に影響を与える。TSC2はGTPアーゼ活性化タンパク質(GAP)であり、Rheb(英語版)と呼ばれるGタンパク質と相互作用し、活性型であるRheb-GTP複合体のGTPを加水分解して不活性なRheb-GDP複合体に変換する。活性型のRheb-GTPはmTORC1を活性化するが、その経路は未解明である[8]。このように、mTORC1の活性化に影響する経路の多くは、TSC1/TSC2ヘテロ二量体の活性化または不活性化によって影響を及ぼす。通常、この制御は複合体のリン酸化を介して行われる。このリン酸化は、どのアミノ酸残基がリン酸化されるかに依存して、二量体の解離を引き起こしてGAP活性を喪失させる場合や、反対にGAP活性の増大をもたらす場合がある[9]
Ragulator-Rag複合体詳細は「Ragulator-Rag複合体(英語版)」を参照

mTORC1は細胞内のアミノ酸レベルに応答して、リソソームの表面でRagulator-Rag複合体と相互作用する[10][11]。タンパク質合成に適切なエネルギーが細胞内に存在する場合であっても、タンパク質の構成要素となるアミノ酸が存在しなければ、タンパク質合成は起こらない。アミノ酸の枯渇は、mTORC1が機能するために十分なエネルギーとアミノ酸の双方がそろうまで、mTORC1のシグナル伝達の阻害をもたらすことが示されている。枯渇細胞にアミノ酸がもたらされると、Rag GTPアーゼヘテロ二量体は活性型コンフォメーションに切り替えられる[12]。活性型のRagヘテロ二量体はRaptorと相互作用し、Rheb-GTPが位置する後期エンドソームとリソソームの表面へmTORC1を局在させる[13]。その結果、mTORC1はRhebと物理的に相互作用するようになる。こうして、アミノ酸経路や成長因子/エネルギー経路はエンドソームとリソソーム上へ収束する[14][15]
Ragulator-Rag複合体の調節

Ragの活性は、少なくともGATOR1、GATOR2と呼ばれる2つの高度に保存された複合体によって調節されている。GATOR1複合体にはDEPDC5(英語版)、NPRL2(英語版)、NPRL3(英語版)が含まれ、GATOR2複合体にはMIOS、WDR24(英語版)、WDR59、SEH1L、SEC13(英語版)が含まれる[16]。GATOR1はRagのサブユニットA/Bに対するGAPとしてRagを阻害し、GATOR2はDEPC5を阻害することでRagを活性化する。
上流のシグナル伝達一般的なmTORC1経路
受容体型チロシンキナーゼ
Akt/PKB経路

インスリン様成長因子は、受容体型チロシンキナーゼ-Akt/PKBシグナル伝達経路を介してmTORC1を活性化する。最終的に、AktはTSC2のセリン939番、セリン981番、スレオニン1462番をリン酸化する[17]。これらのリン酸化部位は細胞質基質のタンパク質14-3-3をTSC2にリクルートし、TSC1/TSC2二量体を破壊する。TSC2はTSC1に結合していない場合にはそのGAP活性を失い、Rheb-GTPを加水分解することができなくなる。その結果、mTORC1の活性化が継続され、インスリンシグナルを介したタンパク質合成が行われることとなる[18]

AktはPRAS40もリン酸化し、mTORC1上に位置するRaptorからの離脱を引き起こす。PRAS40はRaptorによる4E-BP1やS6K1(英語版)といったmTORC1の基質のリクルートを防ぐため、PRAS40が除去されることでこれらの基質はmTORC1へリクルートされ、活性化される[19]

さらに、インスリンは血中グルコースの上昇に伴って膵臓のβ細胞から分泌される因子であるため、そのシグナルはタンパク質合成のエネルギーが保証されていることを意味している。mTORC1シグナルに対するネガティブフィードバックループとして、S6K1はインスリン受容体をリン酸化し、インスリンに対する感受性を阻害する[17]。このことは、インスリン抵抗性に起因する糖尿病と深く関係している[20]
MAPK/ERK経路

IGF1などの分裂促進因子はMAPK/ERK経路(英語版)を活性化し、TSC1/TSC2複合体の阻害とmTORC1の活性化を引き起こす[18]。この経路のGタンパク質Rasファルネシル基を介して細胞膜に固定され、不活性なGDP結合状態で存在する。近接する受容体型チロシンキナーゼに成長因子が結合すると、アダプタータンパク質GRB2(英語版)がそのSH2ドメインを介して結合する。これによってSosと呼ばれるGEFがリクルートされ、Rasが活性化される。RasはRafMAPKKK)を活性化し、RafはMekMAPKK)を活性化し、MekはErkMAPK)を活性化する[21]。ErkはRSK(英語版)を活性化する。ErkはTSC2のセリン644番をリン酸化し、RSKはTSC2のスレオニン1798番をリン酸化する[22]。これらのリン酸化はTSC1/TSC2ヘテロ二量体の解離を引き起こし、Rhebの不活性化を防ぐことでmTORCを活性状態に維持する。

RSKはRaptorもリン酸化することが示されており、PRAS40の阻害的効果への対抗を補助する[23]
JNK経路

JNKシグナル伝達は、遺伝子発現、神経発生、細胞生存と関連したストレスシグナル伝達経路に必要不可欠なMAPKシグナル伝達の一部を構成する。近年の研究では、JNKがRaptorのセリン696番、スレオニン706番、セリン863番をリン酸化するという、直接的な相互作用の存在が示されている[24][25]。そのため、mTORC1の活性はJNKに依存している。JNKの活性化はS6キナーゼ(S6K)や翻訳開始因子などmTORC1の下流のエフェクターを介してタンパク質合成に関与している[26]
Wnt経路

Wnt経路は個体の発生時に細胞の成長と増殖を担う。そのため、この経路の活性化はmTORC1の活性化ももたらすと推測されている。Wnt経路の活性化はGSK3Bを阻害する[27]。Wnt経路が活性化されていないときには、GSK3BはAMPKによるTSC2のセリン1345番のリン酸化を受けてセリン1341番とセリン1337番のリン酸化を行う。GSK3Bが標的のセリン残基をリン酸化するためには、まずAMPKによるSer1345のリン酸化が必要であることが示されている。このTSC2のリン酸化はTSC複合体を活性化する。Wnt経路はこのGSK3シグナルを阻害するため、mTORC1は個体発生のためにタンパク質合成を活性化することができるようになる[27]
サイトカイン

TNF-αなどのサイトカインは、IKKβ(IKK2(英語版))を介してmTOR活性を誘導する[28]。IKKβはTSC1のセリン487番とセリン511番をリン酸化し、ヘテロ二量体型TSC複合体を解離させてRhebを活性型のGTP結合状態に維持する[29]
エネルギーと酸素
エネルギー状態

翻訳が行われるためには、豊富なエネルギー源が、特にATPの形で存在することが必要である。ATPがAMPなど他の形態への加水分解のために十分なレベルで存在せず、ATPに対するAMPの比率が高くなりすぎた場合には、AMPKが活性化される。AMPKはタンパク質合成など、エネルギーを消費する経路を阻害する[30]

AMPKはTSC2のセリン1387番残基をリン酸化してTSC複合体のGAP活性を活性化し、Rheb-GTPからRheb-GDPへの加水分解を引き起こす。この結果mTORC1は不活性化され、この経路を介したタンパク質合成の促進が遮断される[31]

AMPKはRaptorの2か所のセリン残基もリン酸化する。リン酸化されたRaptorは14-3-3をリクルートして結合し、mTORC1に取り込まれることを防ぐ。mTORC1はRaptorがなければ基質をリクルートすることができないため、mTORC1を介したタンパク質合成の促進は行われなくなる[32]

LKB1(STK11)は、AMPKを活性化するがん抑制因子であることが知られている。mTORC1に関するこうした側面からの研究の進展によって、がんとの強い関連が明らかとなる可能性がある[33]
低酸素ストレス

細胞内の酸素レベルが低い場合には、タンパク質合成の阻害によってエネルギー消費が制限される。低酸素条件下では、HIF1AはREDD1(DDIT4(英語版))の転写を活性化し安定化する。翻訳後、REDD1タンパク質はTSC2に結合し、14-3-3によるTSC複合体の阻害を防ぐ。そのため、TSCはRhebに対するGAP活性を維持し、RhebはGDP結合状態のままとなってmTORC1は不活性となる[34][35]

低酸素ストレス下ではミトコンドリアでのATP合成が行われないため、AMPKも活性化されmTORC1の阻害が行われる[36]
下流のシグナル伝達mTORC1の下流の過程

mTORC1はS6K1(英語版)や4E-BP1との相互作用を介して、主に翻訳装置の校正用を標的とする[37]。S6K1と4E-BP1は真核生物細胞において翻訳を調節する。これらのシグナルはmRNAの5'末端の翻訳開始複合体に収束し、翻訳を活性化する。
4E-BP1

活性化されたmTORC1は翻訳抑制タンパク質4E-BP1をリン酸化し、翻訳開始因子eIF4Eから解離させる[38]。その結果、eIF4EはeIF4G(英語版)、eIF4Aとともに複合体を形成できるようになる[39]。その後、この複合体はmRNAの5'キャップに結合し、ヘリカーゼであるeIF4AとそのコファクターであるeIF4B(英語版)をmRNAの5'末端へリクルートする[40]。このヘリカーゼeIF4Aは、mRNAの5' UTRに形成されてタンパク質への翻訳を阻害しているヘアピンループをほどくために必要な因子である[41]。この複合体がmRNAの5'キャップに形成されると、リボソーム40Sサブユニット(英語版)がリクルートされ、eIF4AヘリカーゼがヘアピンループをほどくことでAUG開始コドンのスキャニングを行うことができるようになる[42]。リボソームがAUGコドンに到達すると、翻訳が開始される。
S6キナーゼ

以前の研究では、S6Kシグナルはラパマイシン依存的にmTORによって媒介されており、S6KはmTORとeIF3との結合に伴ってeIF3から解離することが示唆されていた[43]。低リン酸化状態のS6KはeIF3足場複合体上に位置し、活性化されたmTORCはこの足場にリクルートされ、S6Kをリン酸化して活性化する[44]

mTORC1はS6K1の少なくとも2つの残基をリン酸化するが、最も重要な修飾はスレオニン389番に対するものである[45][46]。このリン酸化は、その後のPDPK1(英語版)によるリン酸化を促進する[46][47]


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