Laputa
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この項目では、ヴィジュアル系ロックバンドについて説明しています。その他のLaputa/ラピュータについては「ラピュタ」をご覧ください。

Laputa
別名ラピュータ
出身地 日本 愛知県名古屋市[1]
ジャンルオルタナティヴ・ロック[2]
ゴシック・ロック[2]
ポストパンク[2]
プログレッシブ・ロック[2]
ハードロック(初期)[3]
ヘヴィメタル(初期)[3]
エレクトロニック・ダンス・ミュージック(後期)[3]
デジロック(後期)[4]
活動期間1993年 - 2004年[1]
レーベル東芝EMI
日本クラウン
事務所SHAKING HANDS INC.
DUB CORPORATION
共同作業者大山正篤

メンバーaki(ボーカル)
Kouichi(ギター)
Junji(ベース)
Tomoi(ドラムス)

旧メンバーHiro(ギター)
Hideno(ギター)
Kusuba(ベース)

Laputa(ラピュータ)は、日本ヴィジュアル系ロックバンド。「黒夢とともに名古屋ビジュアル・シーン創成期を形成した」といわれる[5][4]
概要

バンド名は、アイルランド作家ジョナサン・スウィフト小説ガリヴァー旅行記』に登場する、空想人の島ラピュータにちなんでakiによって名付けられている。ファンクラブ名は2000年まではVOYAGE[6] だったが、4Lへと変わった。ファンの呼称は廃人。
来歴

1997年以降はオフィシャルサイトのアーカイブを参考に記述した[7]
1992年


Tomoiは高校時代から、筋肉少女帯安全地帯REACTIONなどをはじめ、年間100本以上のライヴにコンサートスタッフとして参加し、機材スタッフとしての経験を積んだ[8]。このイベンターでのコンサートスタッフのアルバイトには、akiも参加していた[9]

同じコンサートスタッフのアルバイトで知り合ったHidenoを中心に、aki、Tomoi、kusubaという高校の同級生3名の計4名でAi SICK FACEを結成する[9]

1993年


Tomoiによれば、ライヴハウスでSilver-Roseのステージを見たことで自身のプロ意識の欠如を実感し、Ai SICK FACEの解散を決めたという。(ちなみに、その当時Sliver-Roseでギターを弾いていたのは、Kouichiである。)[9]。Laputa結成前からakiとTomoiで曲作りを始める[10]

7月、元Ai SICK FACEのaki、Tomoiを中心に結成。

8月29日、名古屋MUSIC FARMで開催された2daysイベントで初ライブを行う。Silver-RoseのKAIKIが主催するイベントであり、のちにLaputaに加入するJunjiもAd de Vidarで参加していた[10]

9月4日、名古屋MUSIC FARMにてデモテープ『Saddistの夢』80本を配付。

11月13日、名古屋MUSIC FARMのライブでギタリスト・Hidenoが加入。

12月20日、デモテープ『奈落の底』発売。

12月29日、Hiro脱退。

1994年


1月20日、年末のライブで脱退したHiroの穴を埋める形でJunjiが加入。

5月5日、マキシシングル『私が消える』を発売。初回プレス1000枚は予約完売。

5月から、ツアー「Paradoxical Reality TOUR」を開催。

7月25日、Hideno(→Merry Go Round)が脱退。その3日後の28日に元Silver-RoseのギタリストKouichiが加入する。

1995年


1月7日、音楽性の違いなどからKusuba(→Lucide)が脱退。

1月12日、名古屋MUSIC FARMで行われたインフォメーションクラブ会員限定ライブからJunjiがベーシストに転向。Vo,aki・Gu,Kouichi・Ba,Junji・Dr,Tomoiの編成で落ち着く。

2月24日、1stフルアルバム『眩?めまい?暈』発売。初回プレス5000枚は予約完売。

3月から、ツアー「Paradoxical Reality TOUR II act 眩?めまい?暈」を開催。

9月、活動拠点を名古屋から東京に移すと同時にシェイクハンドと契約。オフィシャルファンクラブ「VOYAGE」を設立する。

12月、ツアー「Paradoxical Reality TOUR III」を開催。

1996年


2月25日、ミニアルバム『眩めく廃人』をシェイクハンドレコードより発売。オリコンインディーズチャート初登場2位を記録する。

3月から、ツアー「Paradoxical Reality TOUR IV act ?眩めく廃人?」を開催。

4月16日、ツアーファイナル公演を渋谷ON AIR WESTで行う。

7月7日、ライブビデオ『箱庭』をシェイクハンドレコードより発売。オリコンインディーズビデオチャート初登場1位。

8月、ツアー「Paradoxical Reality TOUR V act ?箱庭?」を開催。

8月10日、下北沢CLUB QUEで行われたFC限定ライブで、メジャーデビューを発表。

9月30日、デビューシングル『硝子の肖像』を東芝EMIより発売。

10月23日、デビューアルバム『蜉?かげろう?蝣』を東芝EMIより発売。それに伴って、「TOUR 蜉?かげろう?蝣」を開催。

1997年


6月8日、東京の新宿アルタ前広場(新宿ステーションスクエア)にてゲリラライブを行って約5000人を動員し、その模様が翌日のスポーツ紙6紙とTV番組で取り上げられる[11]

7月から、ツアー「TOUR 絵?エマダラ?斑」を開催。

1998年


4月から、ツアー「TOUR 麝?ジャコウ?香」を開催。

1999年


8月から、ツアー「1999 TOUR 翔?カケラ?裸」を開催。

10月23日、香港のロックイベント「Rock'n Roll Circuit In Hong Kong」に参加し、イベントのトリをつとめる[12]

2000年


東芝EMIから日本クラウンへと移籍。

2001年


4月から、ツアー「Laputa TOUR 001 Programized Heaven」を開催。

2002年


7月から、ツアー「Laputa TOUR 002 New Temptation」を開催。

2003年


5月から、ツアー「Laputa TOUR 003 Sparks Monkey」を開催。

2004年


9月5日、渋谷公会堂でのライブを最後に11年と1日の活動に終止符を打った。

メンバー
解散時のメンバー

aki(アキ、1970年10月10日 - 2023年8月29日) ボーカル・リーダー担当 O型 愛知県出身

解散後はソロで活動。黒夢の元ローディー

2023年8月29日、急病により死去[13]。52歳没。


Kouichi(コウイチ、1970年8月3日 - ) ギター担当 O型 三重県出身

解散後はEverlasting-K(ソロ名義)、XOVERで活動。元Silver-Rose。


Junji(ジュンジ、1974年8月9日 - ) ベース担当 A型 愛知県出身

解散後はHALATION(ソロ名義)、C4で活動。


Tomoi (トモイ、1970年11月17日 - ) ドラム担当 O型 愛知県出身

解散後はC4で活動。黒夢の元ローディー。


旧メンバー

Hiro(ヒロ) ギター担当

1993年12月29日に脱退。脱退後、ALBTROSS加入。


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