1988年に「富士見ファンタジア文庫」と「角川スニーカー文庫」を創刊し、ライトノベルというジャンルが確立されて以来、電撃文庫・MF文庫Jなどをあわせてライトノベル市場の国内最大手となる[11]。
1989年に「ソード・ワールドRPG」を発売し、アナログゲーム事業に参入した[12]。
1993年にメディアワークスの代表を兼務する形で社長に就任した角川歴彦は、メガソフトウェア・パブリッシャーを標榜し、資本と経営の分離、M&Aや業務提携、コンテンツのマルチメディア展開を行う。
1993年の『無責任艦長タイラー』からKADOKAWAの発行書籍を原作としたテレビアニメが放送されるようになる。
1995年にスーパーファミコンソフト『妖怪バスター ルカの大冒険』でゲームパブリッシャー事業に参入。
2000年にはWeb媒体と紙媒体が連動した情報サイト『ウォーカープラス』を開設。2002年11月に大映の営業権を取得し、スタジオ運営事業に進出。
2003年4月に角川書店は、角川書店(二代目法人)、メディアワークス、SSコミュニケーションズ、角川大映映画、ビルディング・ブックセンターを統括する出版と映像、ネット事業の持株会社角川ホールディングスへ移行。同年9月にストック型フリーペーパー事業に参入。2004年1月に映像ソフト販売会社角川エンタテインメントを設立し、それまで他社に委託していたビデオグラム(DVDソフト)の販売を自社販売に切り替えた。2005年3月に日本ヘラルド映画を子会社化したことで、外国映画の輸入配給、映画の興行、吹替・字幕版制作に本格進出。
2006年7月に角川グループの持株会社であることを社名に示すため角川ホールディングスから角川グループホールディングスに社名変更。2009年に角川グループ合同児童書レーベル角川つばさ文庫を創刊し、2012年から児童文庫レーベルシェアNo.1となる[13] 。
2013年4月に角川グループホールディングスが角川グループパブリッシングと合併し事業持株会社となる[14]。これに伴い同年6月に角川グループホールディングスは、KADOKAWA(初代)へ社名変更[15]。2013年10月に連結子会社9社と合併しOne CompanyになったKADOKAWAは、角川源義が創業した角川書店と角川春樹が1976年に設立した角川春樹事務所、角川歴彦が創業したメディアワークス以外に、旧・セゾングループのSSコミュニケーションズ、旧・大映の営業権を継承した角川大映、旧・ヘラルドグループの日本ヘラルド映画、西和彦らが創業したアスキー、魔法のiらんど、旧・リクルートグループのメディアファクトリー、中経出版、新人物往来社を出身母体とする企業となった。
2014年10月、株式会社ドワンゴと世界に類のないコンテンツプラットフォームを確立することを目的して統合会社「KADOKAWA・DWANGO」(後のカドカワ)を設立。
2015年6月に「角川まんが学習シリーズ 日本の歴史」を創刊し、学習まんがに参入[16] 。同年10月にWEB小説のレーベル「カドカワBOOKS」を創刊し、既存のUGC(ユーザージェネレイテッドコンテンツ)と呼ばれる、ネット上で発表された作品を書籍・電子書籍化して出版する小説の総称を「新文芸」と名付け、新たなジャンルとして展開[17]。
2019年7月に初代・KADOKAWAは、ビルディング・ブックセンターとKADOKAWA KEY-PROCESSの株式所有に関わる事業を除く全事業をカドカワに簡易吸収分割で承継させた。これに伴い初代・KADOKAWAはKADOKAWA Future Publishing(現・KADOKAWA KEY-PROCESS(2代目))へ、カドカワはKADOKAWA(2代目)へ商号変更。
年表関連会社の統廃合図
角川書店(個人企業)
1945年11月10日 - 角川源義が東京都板橋区小竹町で角川書店を創立。
1949年 - 「角川文庫」を創刊。
1950年 - 事務所を東京都千代田区富士見町に移転。
1952年 - 雑誌『俳句』創刊。
角川書店(初代法人)詳細は「角川書店」を参照
1954年4月2日 - 東京都千代田区富士見二丁目7番地に株式会社角川書店(初代法人)を設立。資本金は385万円。
1965年 - 角川春樹が角川書店に入社。
1966年4月 - 角川歴彦が角川書店に入社。
1972年 - 角川書店発刊の教科書の自習書の発刊・販売を目的として株式会社富士見書房を設立。
1974年 - 株式会社角川文庫流通センター(子会社、現・ビルディング・ブックセンター)を設立。
1975年 - 角川源義が死去。編集局長の角川春樹が社長に就任。
1976年 - 角川春樹が株式会社角川春樹事務所(初代法人)を設立。映画製作と出版を連携。角川文化振興財団を設立。
1983年
6月8日 - 株式会社角川トラベル・ サービス(現・角川メディアハウス)を設立。
1984年10月 - 本社を東京都新宿区揚場町4番地に移転。
1986年
12月 - 角川書店の編集業務会社として株式会社飛鳥企画(後の角川学芸出版)を設立。
1988年6月 - 本社を東京都文京区本郷五丁目24番地5号に移転。
1989年4月 - 株式会社角川春樹事務所を吸収合併。
1991年 - 株式会社富士見書房を吸収合併し、富士見事業部を設置。
1992年
2月 - 株式会社角川興産を吸収合併。
9月 - 取締役副社長の角川歴彦が辞任し、同年10月、株式会社メディアワークス(後のアスキー・メディアワークス)を創業。
1993年
3月 - 株式会社ザテレビジョン、株式会社角川春樹事務所(二代目法人)および株式会社角川メディアオフィスを吸収合併し、雑誌事業部、ソフト事業部、雑誌編集部を設置。
8月29日 - 千葉県警が角川春樹社長を麻薬及び向精神薬取締法で逮捕。
9月2日 - 取締役会で角川春樹社長の辞任が了承され、専務の大洞國光が代表取締役社長に就任。角川歴彦が顧問として角川書店に復帰。
10月 - 臨時株主総会が開催され、角川歴彦が代表取締役社長に、佐野正利が代表取締役専務に就任。
1994年
7月 - 角川書店従業員持株会を割当先とする第三者割当増資を実施。
12月 - 株式会社角川書店流通センターを吸収合併。
1995年
3月20日 - 角川春樹とその子息と夫人が持つ株式の27.6%を、日本生命保険相互会社、住友銀行、三和銀行、第一勧業銀行、あさひ銀行など21社に譲渡。
6月 - 角川春樹が角川書店の取締役を辞任。
9月 - 株式会社ヘラルド・エースを子会社化し、株式会社エースピクチャーズに社名変更。
10月 - 本社を東京都千代田区富士見二丁目13番3号に移転。
1998年
4月 - 子会社株式会社エースピクチャーズが、住友商事子会社の株式会社アスミックと合併し、アスミック・エース エンタテインメント株式会社(現・アスミック・エース)が発足。
11月 - 東京証券取引所市場第二部上場。
1999年
1月 - 株式会社メディアワークスの販売・物流業務を受託開始。
4月 - 台湾国際角川書店股?有限公司(現・台灣角川股?有限公司)を設立。
5月 - 株式会社東芝等と共同出資にて映像制作会社「トスカドメイン株式会社」を設立。
11月 - 株式会社キャラクター・アンド・アニメ・ドット・コム(現・キャラアニ)を設立。
2000年
2月 - 株式会社角川デジックス(現・角川アスキー総合研究所)を設立。
7月 - ベルテルスマンアクティエンゲゼルシャフトに対し第三者割当増資を実施。
2001年8月21日 - 西友から株式会社エス・エス・コミュニケーションズの株式を取得し、同社を子会社化。