JIMSAKU
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ジンサク
JIMSAKU
出身地 日本
ジャンルフュージョン
活動期間1990年 - 1998年.2019年
レーベルポリドール
1990年 - 1995年
BMGビクター
1996年
ファンハウス
1997年
共同作業者森村献
是方博邦
吉弘知鶴子

メンバー神保彰(ドラム)
櫻井哲夫(ベース)

ジンサク (JIMSAKU) とは、1990年から1998年まで活動した櫻井哲夫ベース)と神保彰ドラムス)によって結成されたフュージョンユニット。ジンサクという名前は2人の名字の頭文字“神・櫻”から採られた。
目次

1 活動史

1.1 カシオペア脱退からジンサクへ

1.2 初期のラテン・スタイル

1.3 後期の多岐にわたるスタイル、そして解散

1.4 解散後


2 ディスコグラフィ

2.1 シングル

2.2 アルバム

2.3 企画アルバム


3 外部リンク

活動史
カシオペア脱退からジンサクへ

1989年カシオペアがグループとしての活動を休止し、メンバーの個人活動期間に入った際、櫻井と神保はカシオペア以外のメンバーを集めてボーカル音楽のバンド、シャンバラを結成。シャンバラはアルバム『SHAMBARA』を制作し、ライブ活動も始める。しかし、カシオペアのリーダー・野呂一生向谷実は「シャンバラの今後の継続的な活動は、直に迫るカシオペアの活動再開に支障を与える」として二人に活動停止を要請。結果、櫻井と神保はそれを断り、カシオペアを脱退してしまう。しかし、シャンバラは生まれたばかりで認知度はまだ低かったため、2人は1990年、カシオペア活動時と同じフュージョン・シーンで活動するためのユニット、ジンサクを別に結成するに至った。

ジンサクのシャンバラに対しての違いは、インストゥルメンタル音楽専門に徹するのともう一点、櫻井と神保の2人以外のメンバーはあくまでサポートやフィーチャリングとしてその都度迎え入れる、フレキシブルな対応を採ることにしたことにある。1990年結成の年、早くもファーストアルバムを制作した後、森村献キーボード)、是方博邦ギター)、吉弘知鶴子(キーボード)ら名うてのミュージシャンをパーマネント・サポートに招き入れて、ライブ活動も開始。カシオペアのメンバーチェンジ発表も相まってフュージョン・ファンへの認知は速く、話題も呼んだ。しかし、シャンバラの方は諸々の事情から再構築せざるを得ない状況に陥り、「シャンバラ・ジンサク両方を平行して活動させていく」と表明していたものの、この年は何にも出来ないまま、そして明確にしないままに消滅という尻すぼみな形で活動を閉じてしまった。
初期のラテン・スタイル

ジンサクの初期の活動は、櫻井と神保が好んでいたラテン音楽をモチーフにし、旧来のサンバ以外のスタイルを続々と発表。フュージョンとカテゴリは違えどオルケスタ・デ・ラ・ルスらとともに新しいラテン・スタイルの音楽として注目を浴びた。1993年のアルバム『WIND LOVES US』からラテン色が薄まりはじめ、カシオペア時代と同じ毎年1ないしは2作品の急激な制作ペースが祟って、90年代半ばの作品はアイデアを出し尽くしてしまった感があり、アルバムやその中の楽曲はデビュー初期のものに比べ、かつて在籍していたカシオペアのサウンドをなぞるようなものとなってしまった。櫻井はベースマガジンのインタビューにて、『45℃』発表の時点では「ジンサクのコンセプトにファンクはないので、ファンキーな曲を取り入れるつもりはない」としていたものの、後にファンク調の曲が収録されたアルバムの発表時には「(スタイルに)執着するのは好きではない」と方向転換と受け止められる談話をしていた。
後期の多岐にわたるスタイル、そして解散

この状況を打破するため、1996年からはパーマネント・サポートでのバンド体制を解散し、ジンサクは櫻井と神保だけによる活動体制に入る。ライブの都度に毎回違うフィーチャリング・アーティストを招いたり、ジンサク側から他アーティストのセッションに参加するなどして活動の幅を広げた。また、2人だけによる「JIMSAKU 100%」と銘打ったライブも行うようになり、ベースドラムのテクニックの限界を超えた超絶技巧の洪水に観る者の度肝を抜いた。話題を振りまいたこの年は角松敏生にプロデュースを依頼し、日本語ボーカル曲をフィーチャリングしたアルバム『DISPENSATION』、翌1997年には当時流行っていたドラムンベースをモチーフにJIMSAKU 100%のスタイルを投入したアルバム『MEGA db』を発表。既存のフュージョンの枠を脱した活動を行うようになる。しかし、振り返ってみればこれらはジンサク結成の理念を揺るがすものであった。そして折からの2人別々のソロ活動に比重が高まっていたこともあり、1998年1月、ジンサクとしてのラストライブを開催し、そして翌月2月、ジンサクの名をはずした櫻井&神保によるセッションのライブにてジンサクの解散を正式発表。8年に及ぶ活動に終止符を打った。
解散後

神保は解散前の1997年からカシオペアに再び関わるようになり、ユニット解散後、同バンドのサポートメンバーとして復帰する。櫻井は数々のセッションに参加したりとソロ活動に専念している。

2019年3月、神保の還暦ライブに櫻井が出演。21年ぶりに一夜限りの復活を果たしている。
ディスコグラフィ
シングル

タイトル発売年月日品番備考
NAVEL OF THE EARTH1994.11.268cmCD:PODH-1235
テレビ朝日系『スーパーモーニング』テーマソング
AWAKENING1995.05.258cmCD:PODH-1257テレビ朝日系『スーパーモーニング』テーマソング
MAKE MY TIME1996.11.218cmCD:BVDR-1133

アルバム

タイトル発売年月日品番備考
JIMSAKU1990.07.25CD:POCH-1016
45℃ (FORTY-FIVE DEGREES)1991.09.25CD:POCH-1093
JADE1992.08.26CD:POCH-1143
WIND LOVES US1993.08.26CD:POCH-1248CDの帯に『-風は僕等を愛している-』という
サブタイトルが記載されている。
NAVEL1994.09.01CD:POCH-1386
BLAZE OF PASSION1995.07.26CD:POCH-1507レコーディングに、カシオペア野呂一生と、是方博邦鳥山雄司が参加している。
DISPENSATION1996.11.21CD:BVCR-776角松敏生プロデュース
MEGA db1997.12.17CD:FHCF-2405

企画アルバム

タイトル発売年月日品番備考
VIVA!1992.12.12CD:POCH-1180ライブ盤
100%1993.04.25CD:POCH-1241ライブ盤
BEST SELECTION1995.11.25CD:BVDR-1133公式ベスト盤

外部リンク

Jimsaku - TETSUO SAKURAI OFFICIAL WEBSITE - 櫻井哲夫の公式ホームページに掲載してあるジンサクのディスコグラフィー

この項目は、音楽家演奏者作詞家作曲家編曲家バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めていますP:音楽/PJ:音楽)。

典拠管理

ISNI: ⇒0000 0004 7051 8876

MusicBrainz: 1c4f71b9-a9c6-44d4-9534-79c75ab4534e



更新日時:2019年4月14日(日)01:46
取得日時:2019/08/04 22:26


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