ISO/TS 16949
とは自動車産業向けの品質マネジメントシステム(QMS)の技術仕様である。2013年現在の現行の版はISO/TS 16949:2009であり、名称は『品質マネジメントシステム - 自動車製造や関連する交換部品に携わる組織にISO 9001:2008を適用する際の要求事項』(Quality management systems ?Particular requirements for the application of ISO 9001:2008 for automotive production and relevant service part organizations)という。TSは技術仕様(Technical Specification)を意味する。ここで品質マネジメントシステムというのは、単に顧客の要求事項を満たすだけでなく、継続的な改善や不良品ができることを防止すること、製品の統計的ばらつきの減少、サプライチェーンにおける無駄の排除を確実なものにするシステムである。自動車業界において製品やサービスを供給する組織が、そのようなシステムを運用していくことを支えることがISO/TS 16949 の目的である[1] 。自動車の大量生産が始まってしばらくの間は、部品を完成車メーカー自身が製造する例が多かった。例えば、フォードが1927年に建設したデトロイトのルージュ工場は溶鉱炉を備え原料から完成車まで一貫して自動車を製造していた[2] 。
しかし、現代においては、多くの完成車工場は、鋼板からパネルを打ち抜くプレス工程、そのパネルをつなげてボディに仕上げる溶接組立工程、このボディに色を塗る塗装工程、ボディに部品を組み付けていく組立工程の4つの主要な工程からなっている。その他に自社のエンジン工場が別にあることは多い。つまり、個々の部品について見た場合、自動車の完成車メーカーが自ら製造している部品はボディやエンジンブロックなど極少数の部品にすぎない。自動車を構成するほとんどの部品は外部のサプライヤーが製造し、それを完成車メーカーが完成車工場やエンジン工場で組み付けているのである。したがって、個々の部品の品質やサプライヤーの品質マネジメントシステムを管理することは、完成車メーカーにとって重要なテーマの一つとなっている。
完成車メーカーは、古くからサプライヤーに対する品質管理体制の監査を実施してきた。例えば、1964年にフォードはQ101を、ゼネラル・モータースはSPEAR(Supplier Performance and Evaluation Report)を定め、サプライヤーに対する監査を始めている[3] 。また、1980年代に日本の自動車メーカーの製品が、その品質の良さでアメリカの市場に浸透してくるようになると、アメリカの完成車メーカーはペンタ・スター(クライスラー)、Q1(フォード)、ターゲット・フォー・エクセレンス(ゼネラル・モータース)というようなサプライヤーの品質管理体制に対する賞を設けた[4] 。サプライヤーを表彰することで、サプライヤーを評価し、サプライヤーの関心を品質向上に向けるようにしたのである。
一方で、完成車メーカー各社がそれぞれ独自の品質保証体制をサプライヤーに要求すると、サプライヤーは取引のある完成車メーカーすべてに対応する仕組み作りが必要となり、大変に大きな負担がかかる。具体的には以下のような問題があげられる[5] 。
似たような個別の規格が拡散していること。
要求される書類が異なること。
さまざまな監査を完成車メーカーそれぞれが行うこと。
用語が共通でないこと。
同じ考え方に対し複数の用語がもちいられること。
同じ用語に異なる意味があること。
完成車メーカーごとに評価方法がちがうこと。
このことはティア2[6] サプライヤーの場合、 状況はさらに悪くなり、完成車メーカーの規格だけでなく、それに各ティア1サプライヤーの独自の規格が加わってくるのである。
このような問題を解決するために自動車業界の統一した品質マネジメント規格が求められた。アメリカでは、そのような要望に応えてビックスリーが中心となって統一の品質マネジメント規格QS-9000を制定した。1988年に三社の購買担当副社長が統一の規格やマニュアルの作成に合意し、QS-9000は1994年に出来上がった[7] 。これは、ISO 9000:1994 の4章を基に、各社のペンタ・スター、Q101、ターゲット・フォー・エクセレンスの要求事項を網羅するように発展させたものである。QS-9000と一緒にサプライヤーに求める品質管理の方法や手順もまとめられ、アメリカ自動車工業会(AIAG)
が生産部品承認プロセス(PPAP)、統計的プロセス制御(SPC)、en:Measurement systems analysis|測定システム解析(MSA)、故障モード影響度解析(FMEA)、先行製品品質計画(APQP)という5冊の手引書も発行した。これらの手引書はQS-9000とセットで品質マネジメントシステムの要求事項をなすもので、ファイブ・コアツールと呼ばれている。QS-9000がISO/TS 16949に置き換わった現在でも、アメリカ系のメーカーはこの5冊の手引書をISO/TS 16949に添付する顧客固有要求事項としてサプライヤーへの品質マネジメントシステムの要求事項の一部にしている。ドイツでは、1991年にドイツ自動車工業会(VDA:Verband der Automobilindustrie)がVDA6.1を制定した。VDAはダイムラー、BMWといった完成車メーカーと、ボッシュやコンチネンタルというような部品メーカーなど、2013年現在600以上の企業が加盟する業界団体である[8] 。VDAは1901年にVDMI(Verein Deutscher Motorfahrzeug-Industrieller)の名前で組織され、1946年にVDAと名前を変えて[9]現在に至る組織である。このVDAの作成したVDA6.1はDIN EN ISO 9004:1990を基にした自動車産業向けのチェックシートで、業界内での統一したISO 9004 の解釈を示し、共通の方法でサプライヤーの品質マネジメントシステムの監査ができるように作られたものである[10] 。VDAもファイブ・コアツールに相当するような様々な手引書をまとめており、ドイツ系のメーカーではVDAのまとめた手引書(一般にVDAのまとめた手引書・基準書自身もVDAと呼ばれる)に基づくように求めている。ただし、AIAGのファイブ・コアツールもVDAも主要な内容はほとんど同じである。
イタリアでは、イタリア自動車部品工業会(ANFIA: Associazione Naionale Fra Industrie Automobilistiche)がAVSQ(Associazione Nazionale dei Valutatori di Sistemi Qualita: 品質システム評価)を1994年に制定した。これは、ISO 9001:1994 を基にしたチェックリストであり、質問ごとに自動車業界でその質問の内容をどのように導入するかというガイドラインも記されている。AVSQの第三版では、VDA6.1、EAQF(フランスの品質システム規格:後述)、ISO 9004-1:1994の内容が取り入れられ、AVSQの認証はVDA6.1やEAQFの認証と同等とされていた[11] 。