IPS方式
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IPSのロゴ。ジャパンディスプレイ社の登録商標であり、同社及びLGディスプレイ社製の液晶パネルで使用が許可されている。

IPS方式(IPSほうしき)とは In Plane Switching の略で液晶ディスプレイの一形式。
概要

液晶分子を基板と平行な面内(in-plane)で回転させ、複屈折の変化で光をスイッチングする液晶駆動方式のこと。液晶のガラス基板の面方向に電界を加えて液晶分子を駆動し、電界が存在しない無電圧状態で光を遮蔽する。

TN方式では偏光板に挟まれた液晶分子を「ねじれ」させて偏光し、またVA方式では液晶分子をガラス面と垂直方向に回転させて偏光するため、斜めから液晶画面を見ると、液晶分子に邪魔されて映像が見えなくなる。そのため、視野角がせいぜい上下160度左右170度程度しかない。それに対し、IPS液晶では液晶分子をガラス面と平行方向に回転させるため、上下左右178度の広い視野角をもち、どの位置で見ても色の変化がほとんどない。そのため、家族みんなで見る大画面テレビや、高級感のあるテレビに向いている。

欠点としては、バックライトの光が漏れやすく、純粋な「黒」を表現しにくいため、一人でムーディな映画などを見るにはVA方式の方が適している。また、コントラスト比を高めることが難しく、応答時間が長いため、動きの激しい動画や対戦型格闘ゲームにはTN方式の方が適している。

日本における「IPS」の商標は、IPS方式を開発した日立製作所のディスプレイ部門を継承したジャパンディスプレイが所有している(日本第5059259号ほか)が、2003年頃に液晶の覇権をめぐって「VAグループ」と対抗するため、日立やLGフィリップスなどを中心とする「IPSグループ」を結成しクロスライセンスを結んだ経緯から、IPSグループ各社の製品で「IPS」の特許及び商標を使用することができ、またIPSの「ロゴ」を製品に表示することもできる。2021年現在で現存するパネルの大手メーカーでは、ジャパンディスプレイ(小型パネル大手)と、LGフィリップスの権利を継承したLGディスプレイ(大型パネル大手)が「IPS」の商標を使用することができる。また、現存するテレビ・モニタのメーカーでは、LG以外は撤退したので、LGエレクトロニクスのみがIPSの「ロゴ」をテレビに表示することができる(スリムベゼルモニタの普及前は、LGのモニタの下部にはLGのでかいロゴとIPSのロゴが2つ同時に存在した)。

最終的にVA方式とIPS方式は共存したので、2003年当時に「IPSグループ」に所属しなかったメーカーからも、2010年頃よりIPSに相当するパネルが出荷されているが、「IPS」の名称を使用することができないので、IPS方式を独自に改善した方式として独自の名称(ブランド)を採用し、その方式の違いにより様々な名称が付けられている。

ケータイ・スマホ用、テレビ・モニタ用、ゲーム機用など、用途に合わせて各社で改良を行い、次第に高画質になっている。最新世代のIPSパネルの名称(ブランド)を具体的に挙げると、LGエレクトロニクスが「IPS Quantum」で商標を取っており、ジャパンディスプレイが「IPS-NEO」で商標を取っている。また、日立からIPSの技術を供与された台湾のハンスター社も一応日本で「HS-IPS」の名称で商標を取っており、2010年頃にハンスターのHS-IPSパネルを使った製品が日本で発売されたことがあった。
歴史

1990年代頃までは液晶パネルと言えばTN液晶しか存在しなかったが、「応答時間が長い」「視野角が狭い」などのTN液晶の欠点を改善するために1990年代頃より様々な方式が考案された。その一つがIPS方式である。

最初にTN方式と比べて有利な分子配列を提唱したのは、ドイツのフラウンホーファー研究機構に勤めるGuenter Baurで、1990年1月9日に最初の特許を米国で取得した。ドイツにおけるIPS方式の特許はメルク社に供与された。

その後、日立研究所の近藤克己率いるチームがこの技術の改善に取り組んだ。1992年、日立は薄膜トランジスタアレイをマトリックスとして相互に接続することでピクセル間の分子を制御する方式を考案し、IPS液晶の実用化に成功。日本において特許を申請し、日立製作所茂原工場において1996年に世界初のIPS方式のディスプレイを製品化した。日立は1998年にIPS液晶の視野角をさらに改善した「スーパーIPS」方式を実用化し、液晶パネルを大画面テレビや大画面ディスプレイに利用する道が開けた。

1990年代後半において、日立、日本IBMとNECはIPSパネルを最初期に実用化したパネルメーカーとして、盛んに性能向上を進めた(NECでは、IPS方式を核として高画質化を実現する「SFT方式」と言っていた)。1996年には韓国のサムスン電子もIPS液晶の実用化に成功した(ただし、サムスンはVA方式を支持した)。また、LGエレクトロニクスも実用化に成功した。

2000年代前半から後半にかけて、FPD(フラットパネルディスプレイ)の覇権をめぐって激しい争いが起こった。当時主流だったブラウン管の次世代と想定されたFPDの主流が何になるか、当時はまだ混沌としており、液晶陣営の中ですら、VA方式を支持する陣営とIPS方式を支持する陣営で争いが起こった。日立製作所から2002年にIPSの特許を継承した日立ディスプレイズは、茂原工場の生産能力だけでは富士通・シャープ・サムスンを盟主とする「VAグループ」に対抗できないため、台湾HannstarなどにIPSの技術を供与し、日立ディスプレイズとLGフィリップスを盟主とする「IPSグループ」を形成した。

2003年にフラットパネルディスプレイの最新技術の展示会として東京ビッグサイトで開かれた「EDEX2003 電子ディスプレイ展」において、「IPS方式」の知名度向上のために「IPS」のロゴがお披露目され、当時世界最大だったLGフィリップスの52型液晶パネルのディスプレイにもこのロゴが踊った[1]。2003年当時の液晶はようやく「1インチ1万円」を実現したところであり、40型以上の大型テレビになると100万円を超えてしまうため普及は難しいと思われており、特にIPS方式は高価だった。しかし、その後は韓国、日本、および台湾の様々なLCDメーカーがIPSパネルの製造を開始したことにより、製品単価の値下がりが加速した。

液晶テレビは2003年時点で300万台の市場規模があり、2005年には1500万台を超えるほど普及すると考えられていた。そんな中、競合する陣営に対して「画質」と「価格」による差別化によって競争力をつけるため、日本のIPSグループの各社で高品質なパネルを低価格で調達する目的で、2005年に日立ディスプレイズのIPS液晶部門を切り離し、松下電器産業と東芝の出資を受けてIPSアルファテクノロジが設立された。2005年当時はまだパナソニック・東芝・日立のテレビの世界シェアはかなりあり、薄型テレビの普及期と言うことで、32型換算で年間500万台規模の製造能力を持つアモルファスG6ラインのIPSアルファテクノロジ茂原工場で製造されたIPSパネルを用いた各日本メーカーの液晶テレビ(パナソニックVIERA、東芝REGZA、日立Wooo)が欧州を中心によく売れていた。しかしその後、2000年代後半には日本・韓国・台湾メーカーの激しい市場競争によって、IPSグループはLG以外は総崩れになった。

また、2000年代前半であるが、日本IBMから奇美電子の傘下に入ったIDTechが、IPS方式のフラットパネルディスプレイを医療向けに開発することに成功している。特にマンモグラフィーの読影用途に開発されたモノクロ高解像度ディスプレイは、後にデファクトスタンダードとなるに至った。IDTechはその後、IPS方式の製品群を台湾の奇美電子(Chimei)に製造移管した。Chimeiは2010年にInnolux(群創光電)に買収された。

韓国メーカーとの競争に規模で立ち向かおうとしたパナソニックは2008年にIPSアルファテクノロジの経営権を掌握し、パナソニック液晶ディスプレイ株式会社に商号変更。同時に、3000億円を出資してG8.5のパナソニック液晶ディスプレイ姫路工場を増設するが、当時リーマンショックの影響で稼働開始は半年以上遅延。既に日本のテレビメーカーが韓国メーカーに圧倒されていた2010年時点でも、松下のテレビの世界シェアは8%(サムスン、LG、ソニーに次ぐ世界4位)もあり、2011年2月をめどに32型換算で1700万台規模の製造能力にまで引き上げるべく投資を続ける姫路工場(当時シャープ堺工場に次ぐ世界2位の規模の液晶パネル工場)と、2010年時点で720万台規模の茂原工場と合わせて巨大なIPS液晶の製造能力を持つに至った。しかし、テレビ向け大型液晶パネルのメーカーが韓国のLGとSamsung、台湾のAUOとChimei Innolux、日本のシャープに集約される中、2011年度のパナソニック液晶ディスプレイ社の大型パネルの市場シェアは約2.1%となり、過剰投資となった。2011年3月11日の東日本大震災で外壁が破壊されクリーンルームが使えなくなるほど被害を受けたパナソニック液晶ディスプレイ茂原工場の減産を埋め合わせるため、日立ディスプレイズは2011年4月にはChimei Innoluxにスマホ向けIPSパネルの生産委託をするなどして生産拡大を行っていたが[2]、パナソニックは同年10月に茂原工場の休止と姫路工場の減損処理を発表。パナソニックは2012年に茂原工場を日立ディスプレイズの後継会社であるジャパンディスプレイ社に売却し、2016年にはテレビ向けパネルから撤退した。撤退の時点でパナソニックのテレビに自社生産のパネルを使った物はなく[3]、IPSパネルはLGから供給を受けていた。その後パナソニックは、姫路工場で生産されたIPSパネルをカーナビなどの車載用や医療用モニターなどの産業用に供給し、パナソニック液晶ディスプレイは2015年に黒字化する。しかしそれ以後は赤字が続き、パナソニックは2021年に液晶パネルの生産から撤退し、パナソニック姫路工場はEV用のバッテリー工場となった。

2010年時点でLGは大型液晶パネル市場においてサムスンに次ぐ世界2位であり、IPS液晶パネルを主力とするLGは世界の液晶パネル市場で約25%のシェアがあった。

2010年頃よりスマートフォンやタブレットPCでもIPS液晶の普及が始まった。2010年発売のiPhone 4でIPS液晶が初採用され、アップルはこれを「Retinaディスプレイ」と銘打って販売した。iPhone 4にはシャープとLGと東芝モバイルディスプレイがIPS液晶を供給した。2012年発売の第3世代iPadにも「Retinaディスプレイ」が搭載され、シャープとLG一部サムスンがIPS液晶を供給した。タブレットPC向けの中型液晶の生産拡大のため、2010年に日立ディスプレイズは台湾Chimei Innolux(現・Innolux)にIPS液晶の技術を供与し、生産委託を行った。

中小型向けではまだシェアがあった日本の液晶産業を救うため、東芝・日立・ソニーの液晶部門を2012年に集約して設立された国策会社ジャパンディスプレイ社(JDI)は、東芝松下ディスプレイテクノロジーがアップルによる資金提供を受けて建設中の石川工場を引き継ぎ、iPhone向けのLTPSのIPS液晶を製造した。さらに、大型IPS液晶の製造能力を持つパナソニック液晶ディスプレイ茂原工場を2012年に買収した後、G4.5のV3ラインだけだった茂原で、旧IPSアルファのG6アモルファスラインをLTPSにラインに改造し、それ以降IPS液晶をiPhoneなどのスマホ用に供給している。

2010年代においては、アップル社がIPS方式の改良および普及に大きな役割を果たした。2014年からは日立と日産化学で長期開発していた光配向膜技術と、VAで使われていたネガの誘電率異方性の液晶を利用して、新たな液晶パネルを主にメルク、シャープ、アップルで共同開発。アップルのサプライヤーであるシャープ、JDI、LGDでほぼ同様の仕様となる新たな光配向膜とUB-FFSによる高コントラスト、高精細、高透過率の液晶パネルが開発され、iPhone 6より採用された[4]。これは2022年現在までスマホ用の液晶パネルのデファクトスタンダードの仕様となっている。その他のメーカーでも、アップル社にディスプレイを納入している各社は、アップル社から特許権の供与を受け、IPS相当のディスプレイを製造するようになった。

JDIは2017年3月発売の初期版Nintendo SwitchにもIPS液晶を供給したが、その後すぐにJDI茂原工場のSwitch用ラインを閉鎖してiPhoneに割り振ったため、任天堂はJDIを切り、SwitchはInnoluxAUOを中心とする他社の別方式の液晶に切り替わった。そのためSwitchは初期型とそれ以降で画面の色が違う。

このような経緯で、元々のIPSグループに属したメーカーとしては、スマホ用の小型パネルの大手であるジャパンディスプレイと、テレビ・モニタ・タブレット用の大型パネルの大手であるLGディスプレイが存続し、「IPS方式」の名称でディスプレイを製造しているほか、かつてVAグループだった企業も2010年代以降にはIPS相当のパネルを製造するようになった。例えば、中国BOE、中国CEC-PANDA、台湾AUO、台湾InnoluxなどもIPS相当のパネル生産している大手である。また、シャープ亀山第二工場のG8のIGZOラインでも、継続してiPad用のIPS/FFSパネルを生産している(ディスプレイの方式は「IGZO」と公表されているが、シャープはLGなどとともにiPadにディスプレイを供給していることから、これはLGのIPS方式と同等のパネルであると考えられる)。

2000年代当時はVA方式とIPS方式のどちらかがTN液晶を置き換えるとみられていたが、両陣営とも改良に次ぐ改良の結果、どちらにも良さがあって結局は併存し、またTN液晶の良さも見直され、3方式が併存したまま2020年代に至る。(なお、VA方式もメルク社によってPSVA方式、SA-VA方式と次第に改良されており、台湾AUO、中国CSOT、中国HKC、韓国Samsungなどが製造している。)

2010年代後半より中国勢の生産拡大が著しい。FFS方式を開発したHydis(元韓国現代グループ)を買収し、IPS方式およびFFS方式の技術を導入した中国のBOEは、このIPS・FFS横電解技術で2010年代後半に複数のFABで世界最大のG10.5ラインを構築して液晶テレビ用パネルを量産し、2022年には生産量と出荷量でともに世界最大の液晶パネルメーカーとなった。
技術開発

日立 IPS方式 [5][6]名前愛称開発年性能透過率/
コントラスト比脚注


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