ESCRT(endosomal sorting complexes required for transport)は細胞質のタンパク質複合体で、ESCRT-0、ESCRT-I、ESCRT-II、ESCRT-IIIという種類が存在する。これらのESCRT複合体は、他の補助タンパク質とともに独特な形式で細胞膜のリモデリングを行い、膜を屈曲させたり切り離したりする[1][2]。酵母やヒトを含む多くの生物で、ESCRTの構成要素の単離と研究が行われている[3]。
ESCRTは、多胞体(multivesicular body)の生合成、細胞質分裂、ウイルスの出芽など、多数の細胞過程に重要な役割を果たす。多胞体の生合成とは、ユビキチンでタグ付けされたタンパク質が小胞形成を介してエンドソームと呼ばれる細胞小器官へ入る過程である。この過程は、誤ったフォールディングをしたタンパク質や損傷したタンパク質を破壊するために必須の過程である[4]。ESCRTがなければこれらのタンパク質は蓄積し、神経変性疾患が引き起こされる。例えば、ESCRT-IIIの構成要素の異常は遺伝性痙性対麻痺
(英語版)などの神経疾患を引き起こす可能性がある[5]。細胞のabscission(切断、分離)は膜が連結されている2つの娘細胞を切り離す過程であり、これもESCRTによって媒介される。ESCRTがなければ娘細胞は分離することができず、2倍量のDNAを含む異常な細胞が形成される。このような細胞はアポトーシスによって破壊される。最後に、ウイルスの出芽は特定のタイプのウイルスが細胞を出る過程であり、ESCRTがなければ起こらない。その結果、ウイルスは細胞から細胞へ拡散することができなくなる。多胞体は、ユビキチン化されたタンパク質と受容体のリソソームへの輸送に大きな役割を果たす[6]。ESCRT複合体は、ユビキチン化された積み荷をエンドソーム区画内に直接出芽する小胞へ運搬し、多胞体を形成する[6]。最終的に多胞体はリソソームと融合し、積み荷の分解を引き起こす[7]。より詳細な過程は次のようになる。
ESCRT-0複合体の構成要素であるVps27とHse1がユビキチン化された積み荷に結合する[1][6]。
Vps27がエンドソームの脂質ホスファチジルイノシトール-3-リン酸に結合し、複合体全体がエンドソームへリクルートされる[1][6]。
Vps27がESCRT-IのVps23サブユニットに結合し、ESCRT-Iがエンドソームへもたらされる。ESCRT-Iはユビキチン化されたタンパク質にも結合する[1][6]。
Vps36がESCRT-IのサブユニットVps28に結合し、ESCRT-II複合体がリクルートされる[1]。
ESCRT-IIのVps25サブユニットがESCRT-III複合体のVps20に結合し、活性化する[1][6][7]。
Vps20がSnf7多量体鎖の形成核となり、その後Vps24によってキャップされる[7]。
Vps24がVps2をリクルートし、Vps4が複合体へもたらされる[7]。
Vps4は、Vta1の結合に伴って2つの六量体リングからなるポアを形成する[1]。Vps4-Vta1複合体は、ESCRT-IIIの解体を開始し、多胞体形成の終結の印となる[2]。
ESCRT複合体と補助タンパク質ESCRTと補助タンパク質の概要[3][5]
各ESCRT複合体と補助タンパク質は、異なる生化学的機能を可能にする独特の構造を持っている。ESCRTを構成する各タンパク質には、酵母と後生動物の双方で多数のシノニムが存在する。これらのタンパク質をすべてまとめた表が右に示されている。
酵母では、次に挙げる複合体または補助タンパク質が存在している。 ESCRT-0複合体は、ユビキチン化されたタンパク質や細胞表面の受容体に結合して密集することで、多胞体の形成に重要な役割を果たす。その後複合体はエンドソームの膜脂質への結合を担い、これらタグ付けされたタンパク質をエンドソームへリクルートする[8]。適切な局在化が行われると、これらのタンパク質は小胞を介してエンドソームへ取り込まれて多胞体を形成し、最終的にリソソームへ運ばれて分解される。この経路は、ゴルジ体を通過した傷害タンパク質の分解の主要な経路である[4]。 ESCRT-0複合体は、Vps27とHse1が1:1で結合したヘテロ二量体である[1][5]。Vps27とHse1は逆平行コイルドコイルを形成するGATドメインを介して二量体化する[1]。Vps27とHse1の双方がN末端にVHSドメイン ESCRT-I複合体の役割は、ユビキチン化されたタンパク質に密集し、ESCRT-0複合体とESCRT-II複合体のブリッジとして機能することで多胞体の形成を助けることである[11]。またESCRT-Iは膜のabscissionの際、分裂している細胞の中央体(midbody)の両側にリングを形成し、膜の認識とリモデリングに機能を果たす。ESCRT-Iは、細胞が分裂する直前に狭窄帯を形成するESCRT-IIIのリクルートも担う[12]。さらに、ESCRT-Iは特定のウイルスタンパク質と相互作用してウイルスの出芽にも関与し、ウイルス放出部位に他のESCRT複合体をリクルートする[13]。 ESCRT-I複合体は、Vps23、Vps28、Vps37、Mvb12が1:1:1:1で結合したヘテロ四量体である[3]。組み立てられたヘテロ四量体は、Vps23、Vps37、Mvb12からなる棒状のストークに、Vps23、Vps28、Vps37のヘリックスからなる扇型のキャップが結合したような形状をしている[3][5]。Vps23はユビキチンE2バリアントドメインを持っており、ユビキチン、ESCRT-0複合体、そして、ウイルスのgagタンパク質 ESCRT-II複合体は主に、多胞体の生合成とユビキチン化されたタンパク質のエンドソームへの輸送の際に機能する。ユビキチンタグの付いたタンパク質はESCRT-0からESCRT-Iへ、そしてその後ESCRT-IIへと受け渡される。ESCRT-IIは、積み荷を含む小胞をくびり切る複合体ESCRT-IIIと結合する[5]。 ESCRT-IIは、2つのVps25サブユニット、1つのVps22サブユニット、そして1つのVps36サブユニットからなるヘテロ四量体である[3]。Vps25のPPXYモチーフはVps22とVps26のwinged-helix(WH)モチーフと結合し、Vps22とVps36が基部、2つのVps25分子がアームとなるY字型の複合体を形成する[3][5]。Vps25もWHモチーフを含んでおり、ESCRT-IIとESCRT-IIIの間の相互作用を担う。Vps36はGLUEドメインを含んでおり、ホスファチジルイノシトール-3-リン酸とESCRT-IのVps28に結合する[3][5]。酵母のVps36では、GLUEドメイン内のループには2つのジンクフィンガードメインが存在している。
ESCRT-0
ESCRT-I
ESCRT-II