Data_Encryption_Standard
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data encryption standardDESのファイステル関数(F関数)
一般
設計者IBM
初版発行日1977年(標準化は1979年1月)
派生元Lucifer
後継トリプルDES, GDES, DES-X, LOKI89(英語版), ICE(英語版)
暗号詳細
鍵長56ビット
ブロック長64ビット
構造均衡型Feistel構造
ラウンド数16
最良の暗号解読
DESは今では総当り攻撃で解読可能であるため、安全ではない。2008年現在、最良の攻撃法は線形解読法で、243の既知平文を必要とし、時間計算量は239?43である(Junod, 2001)。選択平文を前提とすれば、データ計算量は4分の1に減じることができる(Knudsen and Mathiassen, 2000)。

Data Encryption Standard(データ暗号化標準)、略してDES(@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}デス、ディーイーエス[要出典])は、アメリカ合衆国の旧国家暗号規格、もしくはその規格で規格化されている共通鍵暗号である。ブロック暗号の一種であり、1976年国立標準局 (NBS) がアメリカ合衆国の公式連邦情報処理標準 (FIPS) として採用し、その後国際的に広く使われた。56ビットの鍵を使った共通鍵暗号を基盤としている。そのアルゴリズムは、機密設計要素、比較的短い鍵長、アメリカ国家安全保障局 (NSA) がバックドアを設けたのではないかという疑いなどで、当初物議をかもしていた。結果としてDESは、現代のブロック暗号とその暗号解読の理解に基づいて学究的に徹底した精査を受けた。

DESは今では多くの用途において安全ではないと見なされている。これは主に56ビットという鍵長が短すぎることに起因する。1999年1月、distributed.net電子フロンティア財団は共同で、22時間15分でDESの鍵を破ったことを公表した。この暗号の理論上の弱さを示した解析結果もあるが、そのような弱さを実際に利用することが可能というわけではない。アルゴリズム自体は実用上安全であるとされ、トリプルDESという形で使われているが、理論的攻撃方法は存在する。近年、Advanced Encryption Standard (AES)に取って代わられた。

なお、標準としてのDESとアルゴリズムを区別することがあり、アルゴリズムを Data Encryption Algorithm (DEA)と称することがある。
DESが制定されるまでの経緯

DESの起源は1970年代初めに遡る。1972年、アメリカ政府はコンピュータセキュリティが重要であるという研究結果を得た。そこでNBS(National Bureau of Standard。合衆国標準局。現在のNIST(アメリカ国立標準技術研究所))が、政府全体で機密情報を暗号化するための標準規格が必要だと判断した[1]。それに応じて1973年5月15日、NSAと相談の上、NBSが厳しい設計基準を満たした暗号を公募した。しかし応募のいずれも条件を満たしていなかったため、1974年8月27日に2回目の公募を行った。今回はIBMの応募した案が条件を満たしていると思われた。それは、以前からあったアルゴリズムに基づき1973年から1974年に開発されたホルスト・ファイステルLucifer暗号だった。IBMでこの暗号の設計と解析を行ったチームにはファイステルの他に、ウォルト・タックマン (Walt Tuchman)、ドン・コッパースミス (Don Coppersmith)、アラン・コンハイム (Alan Konheim)、カール・メイヤー (Carl Meyer)、マイク・マーチャーシュ (Mike Matyas)、ロイ・アドラー (Roy Adler)、エドナ・グロスマン (Edna Grossman)、ビル・ノッツ (Bill Notz)、リン・スミス (Lynn Smith)、ブライアント・タッカーマン (Bryant Tuckerman) らがいた。

Lucifer・DESはホルスト・ファイステルらの考えたFeistel構造と呼ばれる構造をなしている。この事は後の共通鍵暗号研究に多大な影響を与え、後に提案された多くの共通鍵暗号方式がFeistel構造に基づいて設計された。
NSAの設計への関与

1975年3月17日、規格案としてのDESが Federal Register に発表された。そしてコメントが募集され、翌年には2回ワークショップを開催してこの規格案について議論した。各所から様々な批判が寄せられた。中には公開鍵暗号の先駆者であるマーティン・ヘルマンホイットフィールド・ディフィーの批判があり、鍵長が短いという点と謎めいた「Sボックス」がNSAによる不適切な干渉を意味しているのではないかと指摘した。それは、このアルゴリズムを諜報機関が密かに弱め、その諜報機関だけが暗号化されたメッセージを容易に解読できるようにしたのではないかという疑いが持たれたのである[2]。アラン・コンハイム(DES設計者の1人)はそれについて「我々はSボックスをワシントンに送った。戻ってきたものは送ったものとは全く異なっていた」と述べた[3]。アメリカ合衆国上院諜報特別委員会がNSAの行為に不適切な干渉があったかどうかを調査した。調査結果の公開された要約には次のように書かれている。「DESの開発において、NSAはIBMに対して鍵長が短くても大丈夫だと納得させ、Sボックスの開発を間接的に支援し、最終的なDESアルゴリズムが統計学的にも数学的にも考えられる最高のものだと保証した」[4]

しかし、同時に次のようなことも判明している。「NSAはいかなる形でもアルゴリズムの設計を改変していない。IBMはこのアルゴリズムを発明・設計し、関連する設計上の意思決定は全てIBMが行い、鍵長もDESのあらゆる商用の用途にとって十分な長さとして決定した」[5]

DES設計チームのウォルト・タックマンは「我々はIBM内でIBMの人員だけでDESアルゴリズム全体を開発した。NSAに命じられて変更した部分は1つもない」と述べた[6]。一方、機密解除されたNSAの暗号史に関する本には次のように書かれている。「1973年、NBSはDESを民間企業に求めた。最初の応募案は満足のいくものではなかったため、NSAは独自にアルゴリズムの研究を始めた。そして、工学研究部門の代表であるハワード・ローゼンブラムは、IBMのウォルト・タックマンがLuciferを汎用化する修正を行っていることに気づいた。NSAはタックマンに人物証明を与え、当局と共にLuciferを修正する作業を行わせた」[7]

Sボックスに関する嫌疑の一部は1990年に鎮められることになった。同年、エリ・ビハムとアディ・シャミアRSAのS)が差分解読法を独自に発見して公表した。差分解読法はブロック暗号を破る汎用技法である。DESのSボックスは無作為に選ばれた場合よりもこの攻撃法にずっと抵抗力があり、IBMが1970年代にこの攻撃法を知っていたことを強く示唆していた。1994年、ドン・コッパースミスがSボックスの元々の設計基準について一部を公表したことで、それが裏付けられた[8]。スティーブン・レビーによれば、IBMでは1974年に差分解読法を発見していたが、NSAがそれを秘密にするよう要請していたという[9]。コッパースミスはIBMの方針について「(差分解読法)は非常に強力なツールであり、様々な方式に応用でき、これを公にすると国家の安全に悪い影響を及ぼすことが懸念された」と述べている。レビーはタックマンの言葉として「彼らは我々のあらゆる文書に極秘というスタンプを押させようとした…それらは合衆国政府の機密と見なされたので、我々は実際にそれらに番号を振り、金庫に入れた。彼らがそうしろと言ったから、そうしたまでだ」と書いている[9]
標準暗号としてのDES

批判はあったがDESは1976年11月連邦規格として承認され、1977年1月15日には FIPS PUB 46 として公表され、非機密政府通信での利用が承認された。さらに1981年に ANSIとして制定され、民間標準規格にもなった。1983年、1988年(FIPS-46-1 に更新)、1993年 (FIPS-46-2)、1999年 (FIPS-46-3) と再承認され、最後にはトリプルDESが定められた。2002年5月26日、DESは公開のコンペティションで選ばれた Advanced Encryption Standard (AES) で置き換えられた。2005年5月19日、FIPS 46-3は公式に廃止となったが、NISTトリプルDESについては政府の重要情報用に使うことを2030年まで承認している[10]

このアルゴリズムは ANSI X3.92[11]、NIST SP 800-67[10]、ISO/IEC 18033-3[12] でも指定されている(TDEAの要素として)。

もう1つの理論的攻撃法である線形解読法は1994年に公表された。1998年には総当り攻撃で実用的な時間でDESを破れることが実証され、アルゴリズムの更新の必要性が高まった。これら攻撃法については後の節で詳述する。

DESの登場は暗号研究、特に暗号解読法の研究を活発化させる触媒の役割を果たした。NISTは後にDESについて次のように述べている。DESは暗号アルゴリズムの非軍事的研究と開発を「ジャンプスタート」させたと言える。1970年代、暗号学者軍隊諜報機関以外にはほとんどおらず、暗号の学問的研究は限定的だった。今では多数の学者が暗号を研究し、数学関係の学科で暗号を教え、情報セキュリティ企業やコンサルタントが商売をしている。暗号解読者はDESアルゴリズムを解析することで経験を積んだ。暗号研究者ブルース・シュナイアーは「DESは暗号解読というフィールドを大いに活気付けた。


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