DREAM_(格闘技イベント)
[Wikipedia|▼Menu]

DREAM
設立2008年
主催リアルエンターテインメント
本部
日本
東京都渋谷区
代表者笹原圭一
サイト ⇒公式サイト
テンプレートを表示

DREAM(ドリーム)は、日本総合格闘技イベント。主催は当初はFEGだったが、FEGの倒産に伴い、2011年はリアルエンターテインメント、2013年よりGLORYを主催するグローリー・スポーツ・インターナショナルに移管されたが1度も開催されていない。
概要

2007年まで総合格闘技イベントHERO'Sを運営してきたFEGが、総合格闘技イベントPRIDEを運営してきたドリームステージエンターテインメントの元スタッフらと立ち上げた新たなイベントである[1]。K-1のFEGと旧PRIDEは2003年以来敵対関係にあったが、2007年のPRIDE活動停止を受けて、2007年大晦日に総合格闘技イベント「やれんのか! 大晦日! 2007」を共催し[2]、この関係を発展させてDREAMの誕生に繋げた。

DREAMのイベントプロデューサーには元ドリームステージエンターテインメントの元広報で、やれんのか! 大晦日! 2007の実行委員でもあった笹原圭一が就任[3]。これまでHERO'Sを運営してきたFEGの谷川貞治社長は主催者としてテレビとスポンサーの折衝にあたるものの、イベントの運営には直接関与せず、立ち技格闘技イベントのK-1に専念する意向を表明しているが、実際にはマッチメイクや運営の最終判断の際は直接関与していると海外のメディアにコメントしている[4]。旧HERO'Sスーパーバイザーの前田日明および旧PRIDE統括本部長の高田延彦はDREAMの運営には加わらない[5]

発足時に旧HERO'Sの日本人選手はDREAMへ全面参加しているものの、旧PRIDEの日本人選手は同時期に発足してPRIDEの継承を謳った戦極(後のSRC)とDREAM、そしてPRIDEを実質的に吸収したUFCに分かれる格好となった。選手層は中軽量級が中心。テレビ放送は、スカイパーフェクTV!PPVとTBSでの地上波放送がされているが、地上波は深夜放送が主である。

総合格闘技大会DEEP佐伯繁代表がDREAM広報を務め[6]、DEEPを登龍門的な位置づけの大会として、DREAMと連動させている[7][8]。アメリカの総合格闘技大会Strikeforceとも2009年より提携関係を結んだ。大晦日に開催されているDynamite!!とも連動し、DREAMの常連選手が出場して、DREAMルールの試合が行なわれている。

2008年と2009年はトーナメントを主軸として年間6大会を開催。6階級が創設され、2008年はミドル級とライト級の初代王座を決定。2009年はフェザー級で16人制トーナメントをウェルター級では8人制トーナメントを開催し、チャンピオンを決定した。「スーパーハルクトーナメント ?世界超人選手権?」と題した無差別級トーナメントも開催した。2010年はワンマッチ中心の年間4大会となり、ライトヘビー級の王座決定トーナメントが開催された。

2009年までパチンコパチスロを手掛ける石原ホールディングスが特別協賛を務め、回毎に平和オリンピアが交互に冠スポンサーとなっていた。オリンピアは旧HERO'Sの冠スポンサーでもあった。2010年ならびに2011年も冠スポンサーはない。

2011年に入りFEGの経営難が表面化したことから、以後の興行はFEGの手を離れ、笹原が代表を務めるリアルエンターテイメントが他団体(IGFONE FC等)の協力を得つつ開催したが、2012年5月にFEGが破産したことでリアルエンターテイメントも連鎖的に清算せざるを得なくなった。このため興行の継承先を探した結果、グローリー・スポーツ・インターナショナル(GSI)ホワイトナイトとなりDREAMの運営を引き継ぐことになった(詳細は後述)が2012年12月31日のDREAM.18 & GLORY 4を最後に2013年は活動を停止している
歴史

2007年12月31日、PRIDEのけじめの大会として開催された「やれんのか! 大晦日! 2007」のイベント終了時に割られたくす玉から「桜咲くころ、夢の続きを……」という垂れ幕のメッセージが現れ、新たなイベントの開催が示唆された[9]

2008年2月13日に東京のホテルメトロポリタンで、正式にDREAMの発足の記者発表がなされ、大会名と概要が発表される[1]

2008年3月15日、さいたまスーパーアリーナにおいて、旗揚げ戦DREAM.1が開催され、UFCを離脱したミルコ・クロコップが参戦した[10]。4月5日にはイベント会社「リアルエンターテインメント」が設立され、笹原が社長に就任。DREAM.2以降の制作に当たっている[11]

2008年は、DREAM.1からDREAM.6の年間6大会を開催。DREAM.2からは桜庭和志が参戦。6階級が創設され、奇数大会ではライト級グランプリが、偶数大会ではミドル級グランプリが行なわれ、トーナメントの優勝者をライト級とミドル級の初代王座に決定した。初代ライト級王者はヨアキム・ハンセン、初代ミドル級王者はゲガール・ムサシ。プライムタイムでの地上波放送は2大会で行なわれた。大晦日のDynamite!! ?勇気のチカラ2008?には、DREAMの選手も参戦。DREAMのルールの試合を行った他、DREAM選手の川尻達也とゲガール・ムサシがK-1ルールの試合に挑戦し、勝利を収めた。2008年5月にHERO'Sと提携していたPro Elite社のElite Xtreme Combat(エリートXC)と引き続き提携関係を結び、DREAM.3にエリートXCからジェイソン・ミラーニック・ディアスが参戦[12]。しかしエリートXCは同年11月で活動停止した[13]

2009年は、DREAM.7からDREAM.11の6大会を開催。奇数大会のフェザー級で16人制トーナメントを、偶数大会のウェルター級では8人制トーナメントを開催。優勝者のマリウス・ザロムスキーが初代ウェルター級王者、ビビアーノ・フェルナンデスが初代フェザー級王者に認定された。2009年8月にはアメリカのStrikeforceと提携を結び、交互に選手の派遣がなされることになった。10月のDREAM.12で六角形のヘキサゴンケージが使用され、今後、年に1度のケージ大会がDREAMで行なわれる。DREAMはこれまで視聴率がふるわず、一般層への訴求力のある企画として[14]、元大リーガーのホセ・カンセコボブ・サップら8名参加の無差別級トーナメント「スーパーハルクトーナメント ?世界超人選手権?」が企画されて、プライムタイムの地上波放送のあるDREAM.9とDREAM.11で実施された。同トーナメントは大晦日のDynamite!! ?勇気のチカラ2009?で決勝戦が行なわれ、ミノワマンが優勝した。Dynamite!! ?勇気のチカラ2009?では、SRCとの対抗戦も行なわれ、DREAM勢は5勝4敗で勝ち越した。2009年の地上波中継のプライムタイムでの放送は2大会だったが、うち1回はプロボクシング世界戦中継と抱き合わせとなり、90分枠に縮小された。HERO'Sで中心選手だった秋山成勲、宇野薫がDREAMを離脱、UFCに参戦[15][16]

2010年は、初の海外大会となる韓国大会を含めて、年間6大会を予定していた[17]。しかし4月下旬に予定され、スカパー!でも4月24日の放送が告知されていた韓国大会は[18][19]、秋に延期となり後に正式に中止となった。理由は韓国のスポンサーの降板と説明されている[20]。これに伴い、年間大会はこれまでの6大会から4大会に減少し、TBSの中継番組のプライムタイム放送も1大会にとどまった。7月には主催会社のFEGが資金調達のために中国のPUJI CAPITALとの業務提携を発表[21]

2010年は、これまで戦極を主戦場にしていた吉田道場勢の中村和裕小見川道大DREAM.15からDREAMに参戦[22]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:76 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef