伸長段階はDNAポリメラーゼによる娘鎖の合成である。前述の理由(半不連続的複製)により、娘鎖は合成様式が連続的なリーディング鎖と不連続的なラギング鎖に分かれる。リーディング鎖とラギング鎖は同時に合成されるが、これは染色体中にssDNAが存在する時間を短くするためであると考えられる[10]。DNAは紫外線や化学物質による損傷の危険性に常にさらされている。特に弛緩状態のssDNAはdsDNAと比べて切断されたときの修復がはるかに難しく、修復の際に変異を招いてしまうことが頻繁にある[10]。鋳型鎖の切断によるDNA複製が停止した場合は、相同組換えによって複製は再開されるが、水野健一らの研究によると相同組換えにより再開したDNA複製は誤りがちで、特に逆位反復配列での再開は高頻度で染色体の再編成を引き起こす[11]。 複製装置とは、DNAヘリカーゼによってほどかれた部分的ssDNA上に形成された、そのDNAヘリカーゼも含むDNA複製に関与する因子により構成される複合体である。複製装置はプライモソームを取り込んでおり、その構成因子はDNAポリメラーゼ、DNAへリカーゼ、DNAクランプ、DNAトポイソメラーゼなどの酵素および一本鎖DNA結合タンパク質 (SSB) などのタンパク質である(後に詳述)[12]。複製装置の中でこれら構成因子は高度に協調的に機能する。細菌の大部分では、プライモソームを含む複製に関与する因子が全て複製フォークに集まり、複合体はそこに留まり続ける。このような複製装置はレプリソーム (replisome) またはDNAレプリカーゼ系 (DNA replicase system) と呼ぶ(これらの語は、もともと複製フォークに集まるタンパク質の総称)。一方、真核生物と一部の細菌では、レプリソームは形成されずに数百あるいは数千の複製装置が形成される[12]。 複製装置は、複製されるDNAに対して相対的に工場のように動かない存在であるため、複製工場 (replication factory) とも呼ばれている[12][13]。このことを他に例えるなら、複製装置は映写機で、そこに映画のフィルムのようにDNAが流れて通過し続ける。複製工場モデルにおいて、1つの複製フォークにおけるリーディング鎖とラギング鎖それぞれの2つのDNAヘリカーゼは互いに結合し、複製過程中ずっと離れない。Peter Meisterらは、出芽酵母のDNAポリメラーゼαといくつかの遺伝子座を緑色蛍光タンパク質 (GFP) でタグして複製部位を直接観察できるようにし、1つの複製起点から対称的に離れた2つの遺伝子座の距離が経時的に著しく減少することを発見した[14]。この発見は、鋳型DNAは複製されるために複製装置へと移動し、また、リーディング鎖とラギング鎖それぞれの複製装置が互いに協調していることの直接的な証拠である。その後、DNAヘリカーゼが複製中に二量体を形成していることが多くの真核生物で確認され、また、細菌の複製装置はDNA合成の際に細胞内の一か所に留まっていることが確認された[13]。 複製工場はまた、複製後に姉妹染色分体を娘細胞に分配するための引き離しに不可欠な、姉妹染色分体同士のもつれの解消を実行する。複製後に姉妹染色分体はコヒーシンによって連結されるため、もつれの解消は複製中にしかできない。複製装置が複製工場として核内で固定されている理由は、複製フォークが自由に動くことは染色体の連環の形成を誘導して有糸分裂分離を阻害するためと考えられている[14]。 DNAポリメラーゼをはじめとする多くの複製因子が機能するためには、親鎖の二重らせんを二本のssDNAに分解する巻き戻しが必要である。巻き戻しは、酵素反応による、二重らせん構造を維持する水素結合の切断である。最初の巻き戻しはイニシエーターとDNAの結合により複製起点で起こり、以降はDNAヘリカーゼにより巻き戻しの範囲が拡大する。最終的に複製終結点(停止点)まで巻き戻しは進む。 巻き戻しは可逆反応であるため、別れたssDNAは再び二重らせんを構築しようとする(これを「再会合」と言う)。このため、親鎖が巻き戻されるとすぐに一本鎖DNA結合タンパク質(single-strand binding protein:SSB、らせん不安定化タンパク質:helix-destabilizing protein)が結合して再会合は防がれる[1][15]。DNAと結合したSSBは遊離SSBに対する化学親和性が非常に大きくなり、DNAと結合したSSBの隣に次のSSBがそのSSBとDNAとに結合し、これが繰り返されて複製バブル全体をSSBが覆う。例えば、T4ファージのSSBであるgp32の場合、ssDNAと結合した分子は次の分子の化学的親和性が1000倍になる[16]。また、SSB間の結合は個々のSSBのDNAへの結合を安定化させる。SSBが直接結合するDNAの部位は塩基でないので[注釈 2]、塩基間の水素結合により娘鎖を伸長させていく複製装置の邪魔をすることはない。さらに、DNAを伸びた状態にする効果もあるので、後述する娘鎖合成やプライマー合成の鋳型になりやすい[17]。こうして、巻き戻し(と後述する超らせんの解消)を経て生まれる部分的な1本鎖DNAの領域が複製バブル、二重らせんとの分岐点が複製フォークである。 複製起点に続いての水素結合の切断は、酵素であるDNAヘリカーゼが担う[1][5]。複製起点では親鎖の巻き戻しと同時に、それぞれの親1本鎖で複製装置による娘鎖の合成が始まる。DNAヘリカーゼによりさらに親鎖が巻き戻ると、これと同時にほどけた親鎖に沿って複製が進行する。実際、複製は巻き戻しと同じ速度で、どんな場合でも、ほどけている親鎖で伸長中の娘鎖と対になっていない部分や複製途中の部分はごく短い。このことは、巻き戻しが伸長段階と強力に共役していることを表す。 場合によって、1つの複製バブルにおける2つの複製フォークのうち、DNAへリカーゼが進行させるのが両方共(双方向性)か、片方だけ(一方向性)かが異なる。双方向性が確認された最初の生物は枯草菌(Bacillus subtilis)である[18]。その後、真核生物のキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)[18]やイモリ[19]でも発見された。
複製装置
巻き戻し