DNAナノテクノロジー
[Wikipedia|▼Menu]
DNAナノテクノロジーでは人工的な核酸ナノ構造の設計と作製が行われる。図のDNA四面体は一例[1]。四面体の各辺は20塩基対からなるDNA二重らせんであり、頂点は3アーム・ジャンクションとなっている。4つの面に対応する4本のDNA鎖は色分けされている。

DNAナノテクノロジー(: DNA nanotechnology)とは、有用な核酸構造を人工的に設計・作製する技術をいう。DNAの名が冠されているが、他の種類の核酸も用いられるため「核酸ナノテクノロジー」という別名がある。この分野では核酸を生細胞の遺伝情報キャリアとしてではなく、非生物学的なナノ材料として用いる。これまでの研究で、DNAを用いた2次元・3次元の結晶格子ナノチューブ多面体、さらに任意形状の静的構造が作製されており、分子機械DNAコンピューターのような機能デバイスも得られている。X線構造解析核磁気共鳴スペクトロスコピーによるタンパク質の構造同定など、構造生物学生物物理学における基礎的な問題を解決するツールとしても用いられ始めた。将来的な分子スケールエレクトロニクス(英語版)やナノ医療への応用も研究されている。

DNAナノテクノロジーの概念的基盤は1980年代初頭にネイドリアン・シーマン(英語版)によって築かれた。広く関心を集め始めたのは2000年代半ば以降である。核酸を用いる利点は、核酸鎖のうち互いに相補的塩基配列を持つ部分だけが結合して強固な二重らせん構造を形成するという厳しい塩基対合則の存在である。この規則を利用して合理的な塩基配列デザイン(英語版)を行えば、ナノスケールの精密なパーツが自然に組みあがって複雑な標的構造を形成することが可能になる。構造のアセンブル方式としては、より小さな構造(DNAタイル)をアセンブルさせるタイルベース構造や、核酸の折りたたみによって望みの形状を得るDNAオリガミ法、鎖置換法によって動的な再配置を行う方式などがある。
基本的なコンセプト
核酸の特性

ナノテクノロジーは多くの場合、100ナノメートルスケールより小さい構造を持つ材料や素子を研究する分野と定義される。その中でもDNAナノテクノロジーは、分子部品が自発的に組織化して安定構造を作るボトムアップ型自己集合プロセス(英語版)の一例である。この種の構造では、設計者が選んだ部品の物理的・化学的特性が元になって特定の形状が発現する[2]。DNAナノテクノロジーで部品となるのはDNAなどの核酸鎖である。核酸鎖は多くの場合人工的に合成され、ほとんどのケースで生細胞内の役割とは関係のないところで使用される。DNAがナノスケール構造の作製に適している理由は、核酸鎖間の結合が既知の単純な塩基対合則に従っており、それによって特有の二重らせん型ナノ構造を形成する点である。この性質を利用すれば、核酸鎖の設計を通じて構造のアセンブリを制御することが容易になる。他のナノテクノロジー材料はこのような特性を持たない。たとえばタンパク質は構成要素であるアミノ酸の種類が多く設計が非常に困難であり[3]ナノ粒子は自ら特定のアセンブリを行う能力がない[4]

核酸分子はヌクレオチド配列からなり、ヌクレオチドはそれに含まれる核酸塩基によって区別される。DNAのヌクレオチドにはアデニン (A)、シトシン (C)、グアニン (G)、チミン (T) の四種の塩基が含まれる。核酸分子どうしが結合して二重らせんを構成するのは、それらの塩基配列が相補的である場合のみである。すなわち、出来上がった二重らせんはA-TおよびC-Gという二種類の塩基対の配列にならなければならない[4][5]。塩基が正しく対合するとエネルギー的に有利(英語版)であるため、ほとんどのケースでは核酸鎖どうしが正しい塩基対の数が最大になるような立体配座で結合すると予想される。このように核酸鎖系で結合パターンと全体構造を決定するのは塩基配列であり、それを利用すれば容易に制御が行える。DNAナノテクノロジーの研究者は、塩基対形成作用によって望ましい立体配座がアセンブルされるように、核酸鎖の塩基配列を合理的に設計する[4][6]。用いられる分子はDNAが主流だが、RNAペプチド核酸 (PNA) など他の核酸分子を組み込んだ構造も作製されている[7][8]
下位分野.mw-parser-output .tmulti .thumbinner{display:flex;flex-direction:column}.mw-parser-output .tmulti .trow{display:flex;flex-direction:row;clear:left;flex-wrap:wrap;width:100%;box-sizing:border-box}.mw-parser-output .tmulti .tsingle{margin:1px;float:left}.mw-parser-output .tmulti .theader{clear:both;font-weight:bold;text-align:center;align-self:center;background-color:transparent;width:100%}.mw-parser-output .tmulti .thumbcaption{background-color:transparent}.mw-parser-output .tmulti .text-align-left{text-align:left}.mw-parser-output .tmulti .text-align-right{text-align:right}.mw-parser-output .tmulti .text-align-center{text-align:center}@media all and (max-width:720px){.mw-parser-output .tmulti .thumbinner{width:100%!important;box-sizing:border-box;max-width:none!important;align-items:center}.mw-parser-output .tmulti .trow{justify-content:center}.mw-parser-output .tmulti .tsingle{float:none!important;max-width:100%!important;box-sizing:border-box;align-items:center}.mw-parser-output .tmulti .trow>.thumbcaption{text-align:center}}4本の核酸鎖 (strand 1~4) が結合した4アームDNAジャンクション。この構造を取ることで正しい塩基対A-TおよびC-G)の数が最大になるため、鎖は自然にこの形へと結合する[9][6]4アーム・ジャンクションの三次構造をもう少しリアルに表したモデル。「ダブルクロスオーバー (DX)」超分子複合体。5本のDNA一本鎖からなり、平行に並んだ二つの二重らせんドメインに分けられる。二か所のクロスオーバー点において、青と黒の鎖が交差して上下のドメインをつないでいる[9]

構造DNAナノテクノロジーと動的DNAナノテクノロジーという二つの下位分野に分けられる場合がある(これらには重複する部分もある)。構造DNAナノテクノロジーの対象は、静的な平衡形へアセンブリを行う核酸複合体の合成や分析である。動的DNAナノテクノロジーが対象とするのは、化学的・物理的刺激に応じて再配列を行う機能など、有用な非平衡的挙動を持つ複合体である。核酸ナノメカニカル素子のようにこれら二分野の特色を併せ持つ複合体もある[10][11]

構造DNAナノテクノロジーで構築される複合体はトポロジカルに分岐した核酸構造を取っており、複数のジャンクション部を持つ(生物学的なDNAはそれと対照的に分岐を持たない二重らせん構造を取るのがほとんどである)。最も単純な分岐構造には、相補的パターンを持つ部分どうしで結合したDNA鎖4本からなる4アーム・ジャンクションがある(右図上)。似た形態を持つ天然のホリデイ・ジャンクションとは異なり、人工的な固定4アーム・ジャンクションはそれぞれのアームが異なる塩基配列を持っており、ジャンクション位置は特定の場所からずれることができない。一つの複合体が複数のジャンクションを持つこともある。例えば広く用いられているダブルクロスオーバー (DX) モチーフでは(右図下)、二つの平行な二重らせんドメインが二つのジャンクションで結合しており、それらのジャンクションは核酸鎖が交差するクロスオーバー点となっている。DXモチーフのクロスオーバー点はトポロジー的に4アーム・ジャンクションと同一だが、独立した4アーム・ジャンクションが柔軟性を持つのとは異なり、4本のアームが一つの軸に揃えられていて自由に動かすことができない。これにより、DXモチーフは堅固なブロックとして大きなDNA複合体を組み上げられるようになる[6][4]

動的DNAナノテクノロジーでは、トーホールド配列を介した鎖置換(英語版)と呼ばれるメカニズムを利用して、新しい核酸鎖を追加することで核酸複合体に再配列を行わせる。この反応では、新たな核酸鎖は二本鎖複合体の端に設けられた一本鎖領域(英語版)(「トーホールド(足がかり)」と呼ばれる)と結合し、さらに分岐移動プロセスによって元の複合体に含まれる鎖の1つと入れ替わる。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:153 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef