D'ERLANGER
出身地 日本 京都府
ジャンルロック
ハードロック[1]
オルタナティヴ・ロック[1]
ゴシック・ロック
パンク・ロック
パワーメタル(初期)
活動期間1983年?1990年11月19日
2007年?
レーベルMandrake Root Record(1987年)
DANGER CRUE RECORDS(1989年)
BMG VICTOR(1990年)
cutting edge(2007年?2012年)
WARNER MUSIC JAPAN(2013年?)
事務所Kein & Abel
公式サイト ⇒http://www.derlanger.jp/
メンバーkyo(磯野宏)(Vo)
CIPHER(瀧川一郎)(Gt)
SEELA(中尾朋宏)(B)
Tetsu(菊地哲)(Dr)
旧メンバー宮平薫(Vo)
SHI-DO(宇野忠)(Dr)
DIZZY(福井祥史)(Vo)
D'ERLANGER
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チャンネル
D'ERLANGER OFFICIAL
D'ERLANGER(デランジェ)は、日本のロックバンド。1983年から1990年にかけて活動、2007年に再結成した。 結成当時は京都を中心に活動。CIPHERは16歳でステージに立っている[2]。なお、ギタリストCIPHERは、ヘヴィメタルバンド、44MAGNUMのギタリストJIMMYのローディーを務め、師匠としていた[3]。ボーカルのkyo、ドラムのTetsuは、SAVER TIGERにX JAPAN・HIDEと同時期に在籍していた事がある[4]。 所謂ヴィジュアル系の先駆者的存在の一つであり、後続のバンド・アーティストに多大な影響を与えた。 D'ERLANGERの意味は『淫靡な誘惑』のフランス語であるというのは有名だが、フランス語の大辞典 (Oxford concise French Dictionary) に"erlanger"は記載されていない(注:"d'"は-英語のofに相当)。また、1stアルバムのジャケットに表示されているように、自らのジャンルを『SADISTICAL PUNK』と標榜していた時期もある。 1989年、活動拠点を関東に移し、インディーズのDANGER CRUE RECORDSより発売された1st Album「LA VIE EN ROSE」がヒット。 1990年、BMG VICTORのAriolaレーベル(現・Ariola Japan)よりメジャーデビューを果たす。同年11月19日に突如解散、12月24日解散発表。 2007年、kyo、CIPHER、SEELA、Tetsuの解散時メンバーで活動を再開。
メンバー
kyo(磯野宏)ボーカル
CIPHER(瀧川一郎)ギター
SEELA(中尾朋宏)ベース
Tetsu(菊地哲)ドラム
旧メンバー
宮平薫 - 初代ボーカル
DIZZY(福井祥史) - 二代目ボーカル
SHI-DO(宇野忠) - 初代ドラム
概要
経歴
1983年 結成
宮平薫(Vo)
瀧川一郎(CIPHER)(G)
中尾朋宏(SEELA)(B)
宇野忠(SHI-DO)(Dr)
1984年8月 福井祥史(DIZZY, Vo)加入、宮平はその後OneNightStand(後のStrawberryFieldsのNAOKIも在籍)へ
1985年?1989年にかけて京都を中心にインディーズで活動。
1987年10月 SHI-DO脱退。 菊地哲(TETSU, Dr)加入。
1988年6月12日 DIZZY脱退。
1988年7月1日 磯野宏(KYO, Vo)加入。
1990年1月24日メジャーデビュー。
1990年11月19日 解散。
1990年12月24日 解散発表。
2007年 kyo、CIPHER、SEELA、Tetsuという解散時のメンバーにて活動を再開。この年にcutting edge(avex)に移籍。
2013年 WARNER MUSICへ移籍。
解散後のメンバーの活動
kyo
DIE IN CRIES (1991年 - 1995年7月2日解散)
BUG (2001年 - 2012年活動休止)
HALLOWEEN JUNKY ORCHESTRA (2012年)