B.J.ペン
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この事がきっかけとなり後にルールが改正され、選手のセコンドによるワセリンの塗布が禁止されワセリンを選手に塗布出来るのは公式のカットマンのみとなり、オクタゴンに入る際に、選手はカットマンによりワセリンを塗布された後はセコンドとハグなどの接触が一切禁止されるようになった[6]

2009年8月8日、UFC 101のUFC世界ライト級タイトルマッチで挑戦者のケニー・フロリアンと対戦。4Rにチョークスリーパーで一本勝ちし、2度目の王座防衛に成功。サブミッション・オブ・ザ・ナイトを受賞した。

2009年12月12日、UFC 107のUFC世界ライト級タイトルマッチで挑戦者のディエゴ・サンチェスと対戦。一度もテイクダウンを許さず、終始打撃で圧倒。最終ラウンドに右ハイキックで額をカットさせてドクターストップによるTKO勝ちを収め、3度目の王座防衛に成功した。

2010年4月10日、アブダビで開催されたUFC 112のUFC世界ライト級タイトルマッチで挑戦者のフランク・エドガーと対戦。5Rを戦い0-3の判定負けにより王座防衛に失敗、2年余りに渡って保持していたライト級王座を失った[7]。海外のMMAメディアサイトの採点では9人中8人の記者がペンの勝利を支持したが[8]、非常に判定の難しい試合内容であり、手数ではエドガー、有効打ではペンと意見の分かれる判定となったため、すぐに再戦が組まれることとなった。

2010年8月28日、UFC 118で王者のフランク・エドガーとダイレクトリマッチとなるUFC世界ライト級タイトルマッチに挑むが、全ラウンドを通じて手数とテイクダウンの数で上回られ、0-3の判定負けを喫し王座獲得に失敗した[9]
ヒューズ第3戦

2010年11月21日、階級をウェルター級に上げUFC 123マット・ヒューズと対戦。右ストレートからのパウンドで21秒KO勝ち。ノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。ヒューズとのラバーマッチであり、通算戦績を2勝1敗とした[10]

2011年2月27日、UFC 127ジョン・フィッチと対戦し、0-1の判定ドローとなった[11]

2011年10月29日、UFC 137ニック・ディアスと対戦し、0-3の判定負け。敗れはしたものの、ファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。試合後に「ニックには脱帽だよ。彼は男だ。みんなが俺をこの場所で見るのは恐らくこれが最後だ。俺はトップレベルでのパフォーマンスを続けることが出来なくなった。娘もいるし、もう一人生まれてくる予定なんだ。こんな風になって家に帰りたくはないんだ。」と引退を示唆するが[12]、3日後の11月1日には、暫らく休養を取るつもりだが引退を正式に決めたわけではないと自身の公式サイトで発表し[13]、その後ペンのマネージャーにより現役続行が発表された[14]

2012年12月8日、UFC on FOX 5ローリー・マクドナルドと対戦するも、2RにはボディーブローでKO寸前にまで追い詰められ、0-3の判定負けを喫した。

2014年4月から放送が始まった「The Ultimate Fighter」のシーズン19フランク・エドガーと共にそれぞれのチームのヘッドコーチを務めた。

2014年7月6日、階級をフェザー級に下げThe Ultimate Fighter 19 Finaleでコーチ対決としてフェザー級ランキング3位のエドガーと通算3度目の対戦。ペンはこの試合のためにノヴァウニオンに復帰をしてアンドレ・ペデネイラスのコーチの下、ヘナン・バラオンジョゼ・アルドとトレーニングキャンプを行っていたが、試合はエドガーに終始圧倒され、3RTKO負け。試合後には「俺は今夜ケージに戻ってくるべきではなかった。ダナ・ホワイトはもう終わりだと言っていたけど、同意しなければならない」と語り、引退を表明した[15]

2016年6月5日、UFC 199コール・ミラーとの対戦が決まっていたが、米国アンチドーピング機関(USADA)が3月25日に競技外抜き打ち検査を実施した際に、ペンがグルタチオンを点滴した事をUSADAの検査官へ報告したところ、グルタチオンは禁止薬物ではないが、点滴行為自体がドーピング規定に違反する行為だとして、6か月の出場停止処分を受けた[16]。ペンはこの事について、グレッグ・ジャクソンのチームドクターにトレーニングの疲労から来る視力の低下やめまいの診断を受けたところ、グルタチオンを点滴投与することを勧められた為、グルタチオンがUSADAの禁止薬物リストに記載されていないことを確認した上で点滴投与したが、計量後の点滴が禁止されたことは知っていたものの、点滴が計量後だけでなく365日1年を通して禁止だったことを知らずに点滴を使用してしまったと弁明した[17]

2017年1月15日、2年6か月ぶりの復帰戦となったUFC Fight Night: Rodriguez vs. Pennでフェザー級ランキング10位のヤイール・ロドリゲスと対戦し、パウンドでTKO負け。

2018年12月29日、階級をライト級に戻しUFC 232ライアン・ホールと対戦し、ヒールフックで一本負け。自身初の一本負けを喫した。

2019年5月11日、UFC 237クレイ・グイダと対戦し、判定負けを喫した。7連敗となった。

2019年9月、ペンがハワイの路上で平手打ちを貰ってダウンする動画と、ペンが殴った男のバックマウントを取ってパウンドを落とす、2本の動画がTMZ Sportsで記事になる。ペンはその動画について、ペンを平手打ちで殴った男は幼い頃からの友人だが、店で飲んでいたところその友人が突然怒り出し喧嘩をふっかけてきたので、外へ連れ出して、落ち着かせるためにハグをしたが殴られ、それを何度か繰り返してるうちにダウンをしてしまい、起き上がるとまだその友人が殴って来たので、自分の身を守るためにバックマウントを取ってパウンドを落としたのだと釈明をした。また、動画をリークした持ち主に一部を切り取ったものではなく今回の件の全体像がわかるように全編の動画を出して欲しいと訴えた。なお警官が駆けつけたものの、友人とペン両者ともに被害を訴えなかったためどちらも逮捕されず、捜査もされなかった[18][19]

2019年9月27日、UFCからリリースされた[20]

2022年のハワイ州知事選挙に共和党から立候補することを表明し、共和党予備選で26.1%の得票率を獲得したものの当選したデューク・アイオナ(得票率49.6%)に次ぐ次点に終わった[21]
人物・エピソードアメリカの月刊誌KoreAmの表紙に起用されるペン (2008年7月号)

ニックネーム"B.J."の由来は、ペンの両親はペンの兄弟の内3人にジェイ・ディー・ペン(それぞれI世、II世、III世)と名付けており、その中で最年少であるペンは"Baby Jay"(ベイビー・ジェイ)と呼ばれていたが、そのニックネームを短縮したものである。

ニックネームの神童・天才(ザ・プロディジー)は、ブラジリアン柔術は黒帯を取得するだけでも10年かかるとされているが、ペンはブラジリアン柔術を本格的に始めてからわずか3年で柔術世界選手権を優勝したことで、この並外れた偉業を讃えられそう呼ばれるようになったことに由来する。

2004年にUFCを離脱してFEGと契約してからUFCに復帰するまでの間は無差別級世界最強を目指して階級を上げていた。ミドル級ホドリゴ・グレイシーに寝技で完封勝ちし、ライトヘビー級で無敗を誇るリョート・マチダと無差別級契約で対戦して15kg以上の体重差をものともせずに互角に渡り合う活躍を見せた。

ボクシング史上に残る名トレーナーであるフレディ・ローチが「私がこれまで見たMMAファイターの中でもBJ・ペンはベストストライカーだ」とペンのボクシング技術を絶賛している[22]

山本"KID"徳郁と親交が深い。一緒に練習した際にKIDは「BJは強い。特に寝技のスパーリングでは一回も勝てなかった」と苦笑交じりに語っている[23]

2005年5月7日、Rumble on the Rock 7の大会終了後にパーティが行われていたワイキキナイトクラブの外で警察官に暴行を働いたとして逮捕された[24][25]。ペンの弁護士によると、ペンは彼の兄弟を騒ぎから救おうとしていて、群衆に入るために誰かを彼の側の方に押しやったところ、それがたまたま警官だったとのこと[26]。ペンは2007年8月に告訴に対する申し立てをせず、2007年12月11日に1年の執行猶予を受けた[27]

戦績

総合格闘技 戦績
32 試合(T)KO一本判定その他引き分け無効試合
16 勝763020
14 敗4190

勝敗対戦相手試合結果大会名開催年月日
×
クレイ・グイダ5分3R終了 判定0-3UFC 237: Namajunas vs. Andrade2019年5月11日
×ライアン・ホール1R 2:46 ヒールフックUFC 232: Jones vs. Gustafsson 22018年12月29日
×デニス・シヴァー5分3R終了 判定0-2UFC Fight Night: Chiesa vs. Lee2017年6月25日


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