AIM-4_(ミサイル)
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AIM-4 ファルコン

AIM-4E

用途:ミサイル

分類:空対空ミサイル

製造者:ヒューズ

運用者


アメリカアメリカ空軍

カナダ(カナダ空軍)

スイス(スイス空軍)

フランスフランス空軍

スウェーデンスウェーデン空軍

日本航空自衛隊


初飛行:1949年

生産数:48,000発以上

運用開始:1956年

退役:1988年

運用状況:退役
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AIM-4 ファルコン(: Falcon)は、ヒューズによって開発され、アメリカ空軍で初めて実用化された空対空誘導ミサイルである。目次

1 開発

2 運用

3 戦績

4 各型

4.1 AIM-4A (GAR-1D)

4.2 AIM-4C/D (GAR-2A/B)

4.3 AIM-4E/F (GAR-3/3A)

4.4 AIM-4G (GAR-4A)


5 仕様

5.1 AIM-4A (GAR-1D)

5.2 AIM-4C/D (GAR-2A/B)

5.3 AIM-4E/F (GAR-3/3A)

5.4 AIM-4G (GAR-4A)


6 脚注

7 関連項目

8 外部リンク

開発

空対空誘導ミサイルの開発は、1946年から始まった。MX-798計画に基づいて亜音速ミサイルを開発するための契約がヒューズ・エアクラフトに与えられたが、1947年にそれはすぐにMX-904計画として超音速ミサイルの開発計画に変更された。その兵器の当初の目的は爆撃機をプラットフォームとし、これを自衛することであったが、1950年以後、爆撃機の代わりに戦闘機をプラットフォームとして比較的遅い速度で飛行する爆撃機に対する迎撃任務にあたるための武装に変更された。

最初の試射は1949年に行われた。その時には、そのミサイルはAAM-A-2と命名され、ファルコンという通称を与えられた。1951年からアメリカ空軍ではミサイルに戦闘機と爆撃機などと同じように航空機と同様の呼称を与えており、空対空ミサイルは“戦闘用”として分類され、ファルコンは戦闘機の呼称のようなF-98という名称に改名された。1955年に方針が再び変わってミサイルに航空機の呼称を与えることをやめ、ファルコンはGAR-1に再び改名された。

GAR-1-4とAIM-4の名称対応旧名称新名称
GAR-1AIM-4
GAR-1DAIM-4A
GAR-2(GAR-1B)AIM-4B
GAR-2AAIM-4C
GAR-2BAIM-4D
GAR-3(GAR-1A)AIM-4E
GAR-3AAIM-4F
GAR-4(GAR-1C)(改名なし)
GAR-4AAIM-4G

ファルコンが運用された当時、命中する可能性を増すために熱源追跡ミサイル及びレーダー誘導ミサイルの両方のタイプのミサイルを一斉に発射することが一般的だった(熱源追跡ミサイルを最初に発射し、続けてレーダー誘導ミサイルを発射する)このため、ファルコンも赤外線誘導型(GAR-2/2A/2B = AIM-4B/C/D)及びセミアクティブ・レーダー誘導型(GAR-1/1D = AIM-4/4D)の両方のタイプが開発された。

1958年にヒューズは、ファルコンをわずかに大きくしたスーパー・ファルコン(GAR-3/3A = AIM-4E/F及びGAR-4/4A = AIM-4G)を発表した。これは、初期型のファルコンよりわずかに大きな機体と改良されたモーターを持っており、運用中の大部分の初期型ファルコンがスーパー・ファルコンに置き換えられた。また、最初に装備されたのは、F-84 サンダージェット戦闘機である。

1962年9月にファルコンは、それまでの“GAR”シリーズから“AIM-4”に改名された。改名の対応は右の表のとおり。

長射程型がGAR-9(AIM-47 ファルコン)としてXF-108 レイピアとロッキードYF-12のために開発される一方、より大きく、0.25キロトンの核弾頭を搭載しているファルコンの核バージョンがGAR-11(AIM-26 ファルコン)として開発された。
運用

最初のGAR-1及びGAR-2モデルは、1956年に運用が開始され、F-89 スコーピオンF-101B ヴードゥー及びF-102 デルタダガー戦闘機に装備された。アメリカ以外のユーザーは最初はカナダだけであり、CF-101 ヴードゥー及びCF-105 アロー戦闘機がファルコンを装備した。 F-102 デルタダガーの機内弾薬倉に搭載されたAIM-4D

ファルコンを装備する戦闘機はこのミサイルを運用するために、しばしば機内弾薬倉(ウェポンベイ)を伴って設計された。F-102 デルタダガーとF-106 デルタダートは機内から気流の中へとミサイルを運び出し、発射するためのブランコ型の機構(右図参照)の弾薬倉を胴体に持っていた。一方、F-89 スコーピオンは翼端ポッドにファルコンを搭載した。F-101B ヴードゥーは弾薬倉の外部にミサイルを2発搭載し、もう2発を内部に搭載しており、内部のミサイルを露出させるために弾薬倉の扉が回転する変わった弾薬倉装置を持っていた。F-111 アードバークは、同様にミサイルを収めることができる機内弾薬倉を持っていたが、運用が開始されるまでに、アメリカ空軍は制空戦闘機としてF-111を使うというアイデアをあきらめていただけでなく、戦闘機に対してファルコンを使用するのをやめていたため、ファルコンがF-111に搭載されることはなかった。なお、F-22 ラプター及びF-35 ライトニングIIは両方ともミサイルを格納するための機内弾薬倉を使用している。当然これは抗力を減らすためではなくステルス性を確保するためである。

全ての初期のファルコンは3.4kg(7.6lb)の弾頭を持っていたが、その弾頭の小ささのためにファルコンが損害を与えることができる範囲は限られていた。また、ファルコンは当初大きくて鈍重な爆撃機を攻撃することを目的としていたため近接信管が搭載されなかったことが戦術的にも制限を課した。ファルコンの信管は翼の前縁にあり、弾頭を爆発させるためには直撃しなければならなかった。

AIM-4F/AIM-4Gスーパー・ファルコンは、1988年の“シックス(F-106の愛称)”の最後の退役まで、主にF-102デルタダガーとF-106デルタダート戦闘機とともに、アメリカ空軍(USAF)とアメリカ空軍州兵(ANG)で運用されていた。
戦績 4発のAIM-4Fと4発のAIM-7を搭載しているF-4E

アメリカ空軍ベトナム戦争の間、F-4DファントムIIに搭載してAIM-4Dを展開し、F-4Dは内側の翼下パイロンにファルコンを搭載した。しかし、ファルコンの戦績は極めて悪かった。ファルコンは爆撃機に対して使われるように設計されていたためシーカーの冷却時間が長く、目標のロックオンを得るまでに6-7秒も要した。このため、発射準備ができるまでに目標とする戦闘機が急旋回や急加速などの機動をとってしまうと大部分はロックオン圏内や射程から外れ、発射できなくなってしまった。航空機に搭載できる冷却剤の量も限られており、液体窒素を節約するためにあらかじめシーカーを冷やしておくこともできず、いったんシーカーが冷却されてしまってから発射を中止するとたちまち冷却剤が不足し、ミサイルを使えなくなってしまった。また、ファルコンは小さな弾頭しか備えておらず、近接信管も装備していなかった。その結果、撃墜数はわずかに5を記録するにとどまった。ファルコンは実験的に、赤外線シーカーを使用して夜間に地上目標に向かってF-102デルタダガーによって発射されたりもしたが、総じて搭乗員の評判が悪く、1969年に回収され、海軍で設計されたAIM-9サイドワインダーと交代することになった。その後、1973年にはAIM-4Dは作戦行動には使用されなくなっていた。
各型

AIM-4 (GAR-1) - 初期生産型。セミアクティブ・レーダー誘導。

AIM-4A (GAR-1D) - AIM-4の機動性改善型。

AIM-4B (GAR-2) - AIM-4の赤外線誘導型。

AIM-4C (GAR-2A) - AIM-4Bのシーカー感度改善型。

AIM-4D (GAR-2B) - 初期型ファルコンの最終型。AIM-4Gのシーカーを搭載。

AIM-4E (GAR-3) - スーパー・ファルコンのセミアクティブ・レーダー誘導型。

AIM-4F (GAR-3A) - AIM-4Eの改良型。

AIM-4G (GAR-4) - スーパー・ファルコンの赤外線誘導型。

XAIM-4H - AIM-4Dの改良型。開発中止。

HM-58 - AIM-4Cのスイス輸出型。

Rb 28 - AIM-4Cのスウェーデン輸出型。
ホワイトサンズ・ミサイル実験場博物館のAIM-4
AIM-4A (GAR-1D)

初期型ファルコンのセミアクティブ・レーダー誘導型。AIM-4Aの前身となったGAR-1は、およそ5マイル(8km)の射程を持つセミアクティブ・レーダー誘導(SARH)ミサイルであり、チオコールM58固形燃料ロケット・エンジンで推進した。


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