この項目では、ソニーの製品について説明しています。玉置浩二のシングルについては「Aibo (玉置浩二の曲)」をご覧ください。
aibo
初代ERS-110(左)と現行ERS-1000(右)
製造ソニー
開発者ソニーのデジタルクリーチャー研究所 (空山基 ソニーデジタルデザイン)、土井利忠によって主導
開発年1999年 (25年前) (1999)
用途娯楽用ロボット
ウェブサイトhttps://aibo.sony.jp/
aibo(アイボ)は、ソニーが1999年より販売しているペットロボット(エンタテインメントロボット)のシリーズ。1999年から2006年に販売された製品は大文字表記のAIBOであったが、2018年の再登場以降は小文字のaibo表記となっている。
名称は Artificial Intelligence roBOt の略で、AI(人工知能)、EYE(目、視覚)そして日本語の「相棒」(ローマ字表記: aibou, aib?)にちなむ(頭字語、バクロニム)。別名、Sony Entertainment Robot。 AIBOは、全長約30cmの動物型ロボットである。4足歩行ができ、子犬に似た動作をし、ユーザーとのコミュニケーションを介して成長するように設計されている。専用のメモリースティックを介して、ユーザーが自らプログラミングすることも可能である。家事を分担させるためではなく、動作させてその挙動を楽しむために供されるロボットである。 ソニーは本製品を「自律型エンタテインメントロボット」[1] などと公称するが、一般には「ロボット犬」[2] や「犬型ロボット」と呼ばれることが多い[3]。ソニー社内でも、新型については「これでは大きすぎる。とても犬に見えない」などと話しながら、犬としての外見や仕草を持たせるように開発が進められたという[4]。 同製品の成功により、現在ではエンタテインメントロボットと呼ばれる市場も発生し、玩具メーカーや他の家電メーカーにより、様々な同用途向けの製品が発売されるきっかけとなった。 姉妹機として、二足歩行ロボットQRIO (Sony Dream Robot) も開発されていた。 ソニーがロボット事業に乗り出すきっかけとなったのは、マサチューセッツ工科大学のロドニー・ブルックス教授が1991年に公開した6足歩行ロボット「ジンギス(Genghis)」であった[5]。1993年末にソニーも6本足の試作機を製作し、1994年より本格的な研究開発に着手。運動制御技術に加え、自律行動に必要となる画像認識・人工知能・音声認識の研究開発を行った[5]。1997年に4足歩行の犬型モデルのプロトタイプを公開し、1998年にエンタテインメントロボット用アーキテクチャ「OPEN-R」を採用したプロトタイプを公開した[5][6]。 プロジェクトは、当時の土井利忠常務を責任者として組織され、現場のリーダーとして、ソニーを退職しゲーム会社ナムコ(現・バンダイナムコエンターテインメント)にて要職に就いていたエンジニアの大槻正を呼び戻すことによって遂行された。当初より家庭向けロボットを目標に開発、試作品発表の段階で製品化による販売を望む声も多く、開発側はヒットを確信したとも言われている。開発の経緯はNHKの『プロジェクトX』でも取り上げられた(2003年7月22日放送 第122回 「復活の日 ロボット犬にかける」)。 発売前、AIBOのようなエンタテインメントロボットのマーケットが顕在化していなかったため、ソニー内部では「ソニーはおもちゃを作る会社ではない」などの冷ややかな意見が多数派であった。インターネット事業を推進していた出井伸之社長は「21世紀の技術を開発してほしかったのに、ロボットなんて19世紀のテクノロジーだ」と土井に言い、AIBOの商品化に否定的な立場だったという[7]。 1999年5月11日に製品第1号「ERS-110」の7月発売を発表し、ソニーWebサイト(ソニーマーケティング)限定で予約を受け付ける形となった[8][9]。生産は長野県南安曇郡豊科町(現・安曇野市)にあるソニーデジタルプロダクツ株式会社(後のソニーイーエムシーエス長野テック→VAIO本社)で行われた[10]。 初代モデルの生産台数は、日本向け3,000台とアメリカ向け2,000台を合わせた5,000台。定価25万円にもかかわらず、1999年6月1日の開始から僅か20分で日本向け3,000台の受注を締め切る盛況ぶりであった[11]。当時のパソコン「VAIO」や大型テレビ「WEGA」と並ぶ価格であったが、ソニーファイナンスによる専用のショッピングクレジットが用意されたり、ボーナスシーズンに差しかかる時期であった事から購買意欲をかき立てられたようだ。
概要
歴史
開発1993年のソニー初の試作機(中央)と1998年公開の試作機(右)
登場