8ビットパソコン
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8ビットパソコン(はちビットパソコン)とは、1970年代から1990年代初頭に発売された、8ビットCPU(MPU)を搭載したパーソナルコンピュータ(パソコン)である。技術分野や産業など実用分野以外でも、ホビーパソコンとして趣味の個人によるコンピューター利用黎明期に利用されていたが、後に高度化を続けたパソコンは、8ビット機から16ビットを経て32ビットCPUを搭載した機種へと引き継がれていった。

世界的には、コモドールPET 2001タンディラジオシャックTRS-80AppleApple IIなどで、多彩なCPUオペレーティングシステムが採用された。

本項では以下、日本国内における主にハードウェアに関する一般論を記述する。一般家庭におけるユーザーの利用などに関しては、パソコン御三家の項を参照のこと。
概要

これらは日本国内において以下に挙げるような8ビット御三家に代表されるようなパソコンシリーズがあり、工業分野や研究分野、また教育分野や一般家庭へと多く発売されていた。

PC-8800NECPC-88VA含む)シリーズ

FM-7富士通FM-8,FM-77,FM77AV含む)シリーズ

X1シャープX1turbo,X1turboZ含む)

これらに加え、マイクロソフトアスキー、家電各社による統一規格のMSXと、16ビット機のPC-9800シリーズ(NEC)などが追従して、1983年-1988年頃のパソコンソフト市場を形成していた。

また、日本におけるパソコンの黎明期にあたる1979年-1982年頃には以下のシリーズが特に一般市場で人気を博していた。

PC-8000シリーズ(PC-8800シリーズ含む)(NEC)

入門機としてPC-6000シリーズも追随。


MZシリーズ(シャープ)

ベーシックマスターシリーズ(日立

このほか、以下に挙げるようなシリーズが発売されていた。

PC-6000シリーズ(NEC)

ぴゅう太(16ビットパソコン・トミー工業

M5ソード

MB-S1(日立)

SMC-777ソニー

パソピア東芝

これらは様々な分野で活用されたものの、一般家庭では専門教育を受けた人間以外には扱い難いこともあり、ホビーユース分野では趣味のプログラミングコンピューターゲームに利用されることが多かった。とはいえ熱心なマニアの中にはROMライターを接続してハードウェア制作に役立てたり、機械制御を行ったりといった用途に利用した人もある。農業高校でこれを利用し、ビニールハウスの温度管理で無人化に成功した事例も報告されている。

勿論、産業分野では様々な機械制御に利用された訳だが、この中には初期の宇宙開発事業でロケットの打ち上げ制御に利用された例もあったという。
特徴

この時代の8ビットパソコンの特徴としては、

8ビットCPU(MPU)と64KBのメモリを搭載

48KB内外の
VRAMを搭載し、640×200ドットで8色のカラー表示が可能

BEEPによる単音、3和音程度のPSG音源、また後期には3ch程度の4オペレータFM音源を搭載した演奏機能

5インチ/8インチ 2Dのフロッピーディスクドライブの接続または内蔵と、これらのシステム資源を管理するDOS(ディスクオペレーティングシステム)環境の整備

と、概ね似通ったスペックおよび表現力を持つ点で一致する。

その一方で、これらはそれぞれに独自のアーキテクチャーを持つコンピューターとして設計され、現在のPC(PC/AT互換機)のように単一アーキテクチャーの上でスペックが異なるといった事情とは本質的に異なる事情に置かれ、異なるアーキテクチャーをもつコンピューターが乱立していた。すなわち、これら8ビットのホビーパソコンたちはソフトウェア・ハードウェアともに互換性を持たず、拡張カードやペリフェラル類はもちろんのこと、ソフトウェアについてもその殆どが各機種専用にコーディングされ、機種依存した実行バイナリが供給されていたのである。

ただし、80系CPUを搭載した機種については、デジタルリサーチCP/Mオペレーティングシステム(OS)が世界的な標準OS環境として普及しており、CP/Mが供給された機種については、これらCP/M用のアプリケーション(実行バイナリ)やファイル、データ等について、機種やアーキテクチャーを問わず相互運用が可能であった。

同様に、6809系のコンピューターにおいては標準OS環境としてOS-9が用いられた。また、68系のマシンには、Z80カードの追加によってCP/M環境を利用できるもの(FM-7、Apple II等)も多かった。
互換性

当時は標準というものがほとんどなく、各社から様々な個性を持ったパソコンが発売された。内部仕様が公開されておらず、市場規模も小さかったため、今日のパソコンに見られるようなサードパーティー製の周辺機器は極めて少なく、一部のリバースエンジニアリングによって設計された(言い換えれば「動作面で不安の残る」)製品や、パソコンメーカーに莫大なライセンス料を支払って製造された機器(ライセンス料が上乗せされた分だけ高価である)ものがあるに過ぎなかった。必然的にメーカーブランドの純正品を使用する必要があるが、周辺機器は一般に利益率が高く、本体の価格を引き下げる原資ともなっていた。ただし、本体買い替えによって手持ちの周辺機器が使えなくなることも珍しくなく、ユーザーは余計な出費を強いられることになった。

また、各社が独自に設計していたこともあり、ソフトウェア環境もまちまちで、殊に他メーカー製品との互換性は皆無に等しく、同じメーカーでも機種ファミリーが違えば互換性がないことすらあった。例としては、PC-6000シリーズとPC-8000シリーズ、X1シリーズとMZシリーズなどが挙げられる。

CP/M等のシステムを介したアプリケーション等は一定の互換性があり、『Oh!X』では雑誌掲載の形で、S-OS"SWORD"というシステムを発表しており、同様に一定条件下で同じバイナリが動作した。
歴史的経緯

これらの8ビットパソコンはその全盛期において、概ね64KBのメインメモリーを装備、表示機能なども8ビットパソコンとして当初から機能的にはほぼ飽和した、オールインワン的なパッケージとして登場したことが特徴的である。これらには専用の各種オプション機器がメーカー側より豊富に提供されていたが、基本動作に関しては、専用モニターと接続して単体で動作させることを前提としたソフトウェアも数多く出回っていた。

なお、これらは相互の互換性は各メーカー間でほとんど考慮されておらず、同メーカーでも機種ファミリーが違えば互換性がないのが当然で、これらはユーザーをひどく混乱させたが、その一方で人気の機種に人気のソフトウェアが集中する傾向も発生、急速に寡占化して、一般の消費者レベルでは8ビット御三家と呼ばれる人気機種も登場している。

これらの国産8ビットパソコンは、そのルーツを紐解くと1980年代中葉にゲーム利用分野で隆盛する以前の1970年代末頃から連綿と続いており、その原型をワンボードマイコン等に求めることができる。パソコンとして一般への普及を目指し始めた初期の頃こそ8kBや16kB・32kBといった記憶容量しか持っておらず、白黒表示や4-8色表示であったが、特に家庭向けホビー市場に多く売れることで良好な収益をあげやすいことから、メーカーは挙ってホビーユースに対応する製品に進む傾向を強めた。

この当時には、人間が理解しやすい形態にまとめられている高級プログラム言語BASICが一般化、これらでコンピューターをプログラミングすることで、利用者はコンピューターを操作することができた。勿論、ワンボードマイコン時代に機械語等で直接、プロセッサーをプログラミングするユーザー向けにも対応していた。

日本においては1980年代初頭に登場した初期のパソコン製品が、同年代中葉にかけてサポート体制の充実やユーザーコミュニティーの活動活性化、また対応アプリケーションソフトウェアの充実などの環境面に発生した格差によって次第に「人気機種」と「不人気機種」に別れていった。


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