2023年の相撲
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新十両昇進が決定した落合は、昭和以降の最速記録を更新する所要1場所での十両昇進となった[5]

26日 - 【大相撲】日本相撲協会が定例理事会を開き、同日付で音羽山(元幕内・天鎧鵬)の年寄「佐ノ山」への名跡変更を了承した[6]

27日 - 【大相撲】十両・炎鵬が1月場所11日目の取組中に骨折した右眼窩底の手術を受けた[7]

28日 - 【大相撲】両国国技館で、宮城野(元横綱・白鵬)の断髪式が挙行された[8]

2月

1日 - 【大相撲】(元小結・垣添)が入間川部屋を継承し、部屋名称を雷部屋に変更。同日付で、入間川部屋付きの若藤(元幕内・皇司)は木瀬部屋に転属した[6]

3日 - 【相撲博物館】石山五郎(元横綱・三重ノ海)が同日付で相撲博物館長を退任。後任の館長は置かず、八角理事長(元横綱・北勝海)が館長代行に就任する[6]

3月

18日 - 【大相撲】3月場所(エディオンアリーナ大阪)7日目、大関貴景勝がこの日から休場。初日から横綱照ノ富士も休場しているため、昭和以降初となる横綱大関不在の本場所となった[9]

20日 - 【大相撲】3月場所9日目、前頭4枚目阿武咲がこの日より休場。2日前の7日目、関脇若隆景戦で受傷し翌日悪化、両側内側半月板損傷、右陳旧性後十字靱帯損傷で今後約2カ月間、精査・加療を必要となる見込みとの診断書を提出[10]

25日 - 【大相撲】3月場所14日目、関脇若隆景がこの日から休場。前日の小結琴ノ若との同体取り直しとなった一番で膝を損傷、右前十字靱帯損傷、右外側半月板損傷、骨挫傷、右外側側副靱帯損傷で3カ月程度の療養を要するとの診断書を提出[11]

26日 - 【大相撲】3月場所はこの日に千秋楽を迎え、幕内では関脇霧馬山が本割で2敗の小結大栄翔との直接対決に勝利し12勝3敗で優勝決定戦に持ち込み、決定戦にも勝利、逆転で初優勝を果たした[12]

30日 - 【大相撲】理事会にて、二所ノ関部屋入門予定で2年連続でアマチュア横綱となった日本体育大学出身の中村泰輝の幕下10枚目格付け出しを承認した[13]

4月

29日30日 - 【大相撲】「ニコニコ超会議」に日本相撲協会が6年ぶりに参加。ちゃんこ鍋を作る企画や展示会が催された。

5月

4日 - 【大相撲】元関脇・逸ノ城が現役を引退した[14]

19日 - 【大相撲】元大関・栃ノ心が現役を引退した[15]

27日 - 【大相撲】5月場所14日目のこの日、横綱照ノ富士の6場所ぶり8度目の幕内最高優勝が決定した[16]

31日 - 【大相撲】日本相撲協会が臨時理事会と7月場所の番付編成会議を開き、関脇霧馬山の大関昇進を決定した。同日、霧馬山は四股名を「霧島」に改名すると発表した[17]

6月

1日 - 【大相撲】元幕内・石浦が現役を引退し、年寄「間垣」を襲名した。これに伴い、間垣(元幕内・竹葉山)は6月1日付で日本相撲協会を退職した[18]

23日 - 【大相撲】日本相撲協会が理事会を開き、陸奥(元大関・初代霧島)を陸奥部屋所属力士の起こした暴力問題に対する監督責任として3か月間20パーセントの報酬減額処分とすることを決定した。陸奥は協会ナンバー2の事業部長だったが同部長職を辞任し、後任の事業部長には芝田山(元横綱・大乃国)が就任した[19]

7月

9日 - 【大相撲】大関・霧島が7月場所初日のこの日から休場し、この日の取組は不戦敗となった。新大関が初日に不戦敗となるのは昭和以降で初めて[20]

12日 - 【大相撲】7月場所を初日から休場していた大関・霧島が、4日目のこの日から途中出場した。
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