2012年アメリカ在外公館襲撃事件
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また領事館の近くにある農場からも携行式ロケット弾が発射された[12]。地元の治安当局が領事館の警備を行っていたが、わずか15分で突破され建物内への侵入を許した[15][16]

事件当時、領事館にはショーン・スミス(英語版)外交官と保安職員1人、それにたまたま首都トリポリにある大使館からの出張で現場に居合わせていたクリストファー・スティーブンス米大使[17]の3人がおり、領事館内に設けられていた鉄製の格子で守られたセーフルームに逃げ込んだが群衆により建物が放火された。

領事館から約1マイル離れたCIA施設の警備等を担当するGRS(Global Response Staff)6人が領事館3人の救出に向かい、保安職員1名とスミス外交官を館内から救出。スミス外交官はすでに煙により窒息死していた。[18]スティーブンス大使は発見できなかった。その後、リビア市民によって意識を失っているスティーブンス大使が撮影されている[19]。市民によりスティーブンス大使は病院に運ばれたが医師により死亡が確認された。原因は煙を吸い込んだことによる窒息死と報告されている。[18]

救出作戦により救出された保安職員1名とスミス外交官の遺体を乗せたGRSはすぐに領事館から約1マイル離れたCIA施設に避難したが、武装勢力が施設を襲撃し、応戦に当たっていた保安職員2名(前述のGRSと在トリポリ米大使館から駆けつけた増援より各1名)が砲撃により死亡。GRSの1名が腕に重傷。なお13日、アメリカ国務省長官ヒラリー・クリントンは、死亡した2名は、米海軍特殊部隊Navy SEALsの元隊員であるタイロン・S・ウッズとグレン・ドハティ(英語版)であると公に認めた。この事件はアルカーイダなどの関与が疑われるなど[20]、計画されていたテロ事件であったとの見方が事件直後からなされた。9月13日にはリビア当局により容疑者数人が逮捕されたことが発表された[21]。その後、9月16日までに逮捕者は50人にものぼった[22]

ショーン・スミス外交官はオンラインゲームEVE Onlineでは知られたプレーヤーだった。事件当夜もゲーム仲間とチャット中で、「…今夜、僕らが死ななければの話だけど。領事館を警備する『警察』の1人が写真を撮っているのを見かけた」と送信したという。「GUNFIRE(銃声だ)」というメッセージを最後にオフラインとなり、それきり戻ってこなかったという[23]

また在トリポリ米大使館からの増援には、デルタフォース隊員のDavid R. Halbrunerが参加。その功績により殊勲十字章を受勲された。
イエメン

エジプトとリビアでの事件から2日後の9月13日、イエメンの首都サナアにあるアメリカ大使館に、映画の内容に抗議する数百人のデモ隊が突撃。大使館の警備室の窓ガラスをいくつか割り、正面から敷地内に侵入した[24][25]。外交車両に次々と放火し、治安部隊による放水と威嚇射撃によって排除され[26]大使館から100メートル後方の地点まで後退したが再び侵入を試み、警官隊も発砲や催涙弾で応戦した[27][28]。この結果、最初の襲撃でデモ参加者1人が治安部隊の発砲により射殺されるなど[29]、死者4名、負傷者は34名にのぼった[28]
スーダン

首都ハルツームでは9月14日、ドイツの大使館がイスラム主義組織のメンバーら約5000人に襲撃される。映画批判に加え、ドイツで8月にムハンマドの風刺画を使った極右勢力によるデモが当局に許可されたことへの抗議も含まれていた。大使館は放火され、治安部隊との衝突でデモ隊1人など少なくとも2人が死亡した[2][30]
その他への飛び火バーレーンでの抗議活動
中東・アフリカ

イラク - 9月13日、反米強硬派ムクタダー・アッ=サドルの拠点である、バグダード東部サドルシティーで反米デモが発生[25]

ヨルダン - 9月14日に反米デモが発生[2]


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