2000年の映画(2000ねんのえいが)では、2000年(平成12年)の映画分野の動向についてまとめる。
できごと
世界「2000年#できごと」も参照
2月19日 - 第50回ベルリン国際映画祭で市川崑監督『どら平太』がベルリナーレ・カメラ賞(功労賞)受賞[1]。
5月19日 - 仏通信大手ヴィヴェンディグループが、シーグラム(MCAの親会社)を事実上買収し合併[2]。
6月27日 - 韓国、日本大衆文化段階的開放措置で観覧制限「18歳以上」全面解禁、全面禁止のアニメ映画を一部解禁[2]。
7月10日 - 『ゴジラ2000 ミレニアム』(大河原孝夫監督)の北米公開に合わせ、米国カリフォルニア州・ロサンゼルス郡が「Godzilla Week」を宣言 (16日まで)[2]。
8月18日 - 『ゴジラ2000 ミレニアム』、全米約2000館で公開[2][3]。
9月 - マイケル・ダグラスとキャサリン・ゼタ=ジョーンズが結婚[4]。
日本「2000年の日本#できごと」も参照
1月
米メジャー5社と東宝東和・日本ヘラルド映画・ギャガ・コミュニケーションズ・松竹が配給収入発表から興行収入発表に切り換える[5]。
1月1日 - キョクイチが「トムス・エンタテインメント」と改称[1]。
1月9日 - 第5回東宝シンデレラ決戦大会が開かれ、長澤まさみがグランプリ、審査員特別賞に大塚ちひろ[6]。
1月11日 - 日本映画海外普及協会会長に衆議院議員・与謝野馨就任[1]。
2月
2月23日 - 元松竹社長・大谷隆三死去[1]。
2月28日 - NHK衛星放送受信契約数1000万突破[1]。
3月
3月1日
銀座テアトル西友が「銀座テアトルシネマ」と改称[1]。
脚本家・田中澄江死去[1]。
3月9日 - 文化庁優秀映画大賞(「長編映画部門」「短編映画部門」)を制定[1]。
3月11日 - 日劇プラザで封切られた『トイ・ストーリー2』が日本初のDLPプロジェクターによるデジタルシネマとして上映[7]。
3月21日 - 田波靖男(脚本家・藤本賞審査委員)死去[1]。
3月24日 - 松竹の経営再建3か年計画の一環で行われた希望退職募集に80名が応募[5]。
4月
4月1日 - ウォルト・ディズニー・カンパニーがBV(ブエナビスタ ジャパン)を含む日本法人4社を統合、「ウォルト・ディズニー・インターナショナル・ジャパン」設立[1]。
4月22日 - 東京お台場に都内初のシネマコンプレックス「シネマ・メディアージュ」がオープン[8]。
4月29日 - 東京・シネリーブル池袋開場[2]。
5月
5月25日 - ワーナー・マイカル・シネマズ板橋(WMC板橋)開場[2]。WMC初の都内進出[2]。
6月
大規模小売店舗立地法が施行される[9]。2001年1月末までの開業なら適用外となるのでショッピング・センターやスーパーマーケットの駆け込み出店が相次ぎ、併設のシネマコンプレックスも急増した[9]。前年比303スクリーン増加は新記録[9]。
6月16日 - 大阪・北野劇場、『M:I-2』(ジョン・ウー監督)完成披露試写会の舞台挨拶を東京から衛星中継[2]。
6月30日 - 64年の歴史を持つ松竹大船撮影所が閉鎖[10][11]。10月31日、株式会社大船撮影所解散[2]。
7月
7月1日 - 大阪・東宝敷島劇場および敷島シネマを廃止[2]。7月8日、「敷島シネポップ 1・2・3」を新設開場[2]。
7月8日 - 東京・池袋HUMAXシネマズ開場[2]。
8月
8月28日 - 東映系シネコン事業会社、ティ・ジョイ設立[2]。劇場にデジタルシネマ衛星配信を導入[2]。