この項目では、1935年に合併した映画スタジオについて説明しています。フォックス・フィルムとの合併後に設立された映画スタジオについては「20世紀スタジオ」をご覧ください。
20世紀ピクチャーズ
Twentieth Century Pictures
市場情報合併消滅
本社所在地 アメリカ合衆国
カリフォルニア州ハリウッド
設立1933年6月26日
業種サービス業
事業内容映画の製作
代表者ジョセフ・M・シェンク
主要株主ニコラス・シェンク
ルイス・B・メイヤー
関係する人物ダリル・F・ザナック
ウィリアム・ゲッツ
20世紀ピクチャーズ(にじゅっせいきピクチャーズ、Twentieth Century Pictures, Inc.)は、1933年6月26日にユナイテッド・アーティスツ(UA)の元社長のジョセフ・シェンクとワーナー・ブラザースのダリル・F・ザナックによって設立されたアメリカ合衆国、ハリウッドの独立系映画製作会社である。 設立資金は、シェンクの弟ニコラス・シェンク、ゲッツの義父でMGMスタジオ幹部のルイス・B・メイヤーがバックについた。同社の製作物は、ユナイテッド・アーティスツが配給し、撮影はさまざまな撮影所で行なわれた。 20世紀の社長はシェンク、製作責任者にはザナック、副社長にはゲッツとレイモンド・グリフィスが就任した。当初の契約スターは、ジョージ・アーリス、コンスタンス・ベネット、ロレッタ・ヤングであったが、ゲッツのコネクションにより、MGMから人材を借りることができた。1933年10月7日、最初の映画『The Bowery』が公開された。1934年に製作した『The House of Rothschild』は、アカデミー作品賞にノミネートされた。1935年には、ヴィクトル・ユーゴーの小説をもとにした名作『噫無情』を製作し、これも作品賞にノミネートされた。 1934年の冬、ザナックはUAの株式を取得して取締役になるために、UAの取締役会と交渉を始めた。しかし、UAの共同設立者であるメアリー・ピックフォードが、20世紀の株式を報酬として与えることを拒否したことに憤慨し、同じくUAの株主であり共同設立者であるD・W・グリフィスの保有する株式の価値を下げることになると考えた。10年以上もUAの株主であったシェンクは、20世紀とザナックの粗末な扱いに抗議してユナイテッド・アーティスツを退社し、他の配給会社との話し合いを始めた。その結果、1935年の春先には、倒産したフォックス・フィルムのフォックス・スタジオとの話し合いが始まった。 1933年の20世紀ピクチャーズは、1935年5月31日にフォックス・スタジオと合併して20世紀フォックスとなった。20世紀フォックスは長年にわたり、1915年の設立を主張してきた。例えば、1945年を創立30周年としていた。しかし、近年では1935年の合併を設立日としている。
概要
フィルモグラフィ
ユナイテッド・アーティスツ配給分
『バワリイ
『キャバレエの鍵穴』Broadway Through a Keyhole:監督ローウェル・シャーマン、1933年
『濡れた拳銃』Blood Money:監督ローランド・ブラウン、1933年
『失恋相談欄』Advice to the Lovelorn:監督アルフレッド・ワーカー、1933年
『偉大なる人生』Gallant Lady:監督グレゴリー・ラ・カヴァ、1933年