1990年のル・マン24時間レース
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1990年のル・マン24時間レース
前年:1989翌年:1991
1990年のコース

1990年のル・マン24時間レース(24 Heures du Mans 1990 )は、58回目[1]ル・マン24時間レースであり、1990年6月16日[1][2]から6月17日[1]にかけてフランスのサルト・サーキットで行われた。
概要

国際自動車スポーツ連盟(FISA、現国際自動車連盟、FIA)は主催者のフランス西部自動車クラブ(ACO)に露骨な嫌がらせをし[2]、「サーキットの直線距離は最長でも2km以内であるべきだ。もしシケインを設置しないなら公認を取り消す」と圧力を加えた[2]。ACOはさすがにこの圧力に抵抗できず、妥協で[3]サルト・サーキットの名物であった長さ約6kmの「ユノディエール」ストレートにシケインを2つ入れる[3][4]コース改修をし、ル・マンの伝統が一つ消えることになった[3]が、この改修はドライバーからは好評であった[3]。高速性能と中速性能のバランスがかなり変化する[3]と考えられ、また変速回数が増えてトランスミッションへの負担が増加する[2][3]ため、車両設計が注目されるポイントとなった[3]。コースは13.535km/周から13.600km/周へとわずかに長くなった[4]。シリーズ開催には2ヶ月前に査察を受けなければならず手続きが間に合わなかったので1990年も世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)に組み入れられず[5]、このことからスポーツカー選手権を主目的としていたメルセデス・ベンツは不出場を宣言した[3][5]

また、燃費規制のある車両規則の下で行なわれた最後の年となった。1991年も現行車両は新規則に基づく3.5リットル自然吸気エンジンを積んだ車両と混走はできる可能性もあったが、もしそうなったとしても何らかのハンディキャップが課されることが明らかで、これまでの車両が性能を発揮できる最後の年と考えられていた。

ポルシェ・962の性能が相対的に下がって来ており、前年優勝し当然最有力候補だったメルセデス・ベンツの欠場で、日本メーカーにはル・マン制覇の大きなチャンスと考えられた[6]

日産自動車シーマに代表される高額な大型乗用車の売り上げが好調で、大幅にレース予算を増やして体制強化を図って臨んだ[6]。ル・マンのポスターの絵柄に日産・R90CP[3]が選ばれ[2][5][6]、入場券[2]やプログラムにも日産の写真が使われ、ペースカーはフェアレディZ300ZXが務め[2][6]、新設されたシケインの1つの命名権を買い取り「ニッサン・シケイン」と命名する[3]など力を入れていることを隠さなかった。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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