1981年の日本ハムファイターズ
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1981年の日本ハムファイターズ
成績
日本シリーズ敗退
日本S:2勝4敗(対
巨人
パシフィック・リーグ優勝
プレーオフ:3勝1敗1分(対ロッテ
レギュラーシーズン
年間成績:68勝54敗8分 勝率.557
前期4位:31勝31敗3分 勝率.500
後期優勝:37勝23敗5分 勝率.617
本拠地
都市東京都文京区
後楽園球場

球団組織
オーナー大社義規
経営母体日本ハム
監督大沢啓二
≪ 19801982 ≫

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1981年の日本ハムファイターズ(1981ねんのにっぽんハムファイターズ)では、1981年の日本ハムファイターズにおける動向をまとめる。

このシーズンの日本ハムファイターズは、大沢啓二監督の6年目のシーズンであり、東映時代の1962年以来19年ぶりのリーグ優勝を果たしたシーズンである。
概要

前年優勝を逃したチームはリリーフのコマ不足解消のため、東映時代からのエース・高橋直樹広島へ放出して江夏豊を獲得すると、同じく広島から高橋里志佐伯和司との交換トレードで獲得。また、富田勝との交換トレードで中日から井上弘昭を獲得するが、それ以外の戦力は前年と大差はなかった。前年2連覇の近鉄とともに優勝候補にあげられたチームだったが、4月を9勝12敗と出遅れて開幕ダッシュに失敗する。5月以降は持ち直したものの、前期は勝率5割ちょうどの4位で終了した。後期に入ると柏原純一トニー・ソレイタトミー・クルーズの強力クリーンナップが活躍し、ベテラン高橋一三が150勝と2500投球回を達成。また江夏が100セーブを、間柴茂有が開幕から無傷の15連勝を相次いで達成するなど記録ラッシュが相次いだ。後期は貯金14を稼ぎ、阪急の追い上げをかわして初の後期優勝を達成(年間通算勝率でも1位)。プレーオフは3勝1敗1分で前期優勝のロッテを破って19年ぶりのリーグ優勝を果たし、大沢監督が胴上げされた。この勢いで日本シリーズ制覇が期待されたが、第4戦で守備陣のミスが続発して巨人に大敗すると以降は投打が精彩を欠き、2勝4敗で巨人の軍門に下った。投手陣では2年目の木田勇が低調に終わったが、4年目の岡部憲章が13勝2敗で最優秀防御率を、間柴が最高勝率を、江夏が最優秀救援に輝いたほかMVPも受賞するなど主要タイトルを総なめにした。それ以外では、高橋一も打線の援護に助けられて14勝をあげ、高橋里も中継ぎでまずまずの成績を残した。打撃陣では、この年から1番の島田誠がグラウンドを走りまくったほか両外国人と柏原も安定した成績を残し、中日から移籍の井上は代打の切り札としてチームの勝利に貢献した。特にソレイタは44本塁打と108打点の二冠王に輝いたが、MVPは江夏に譲るかたちとなった。
チーム成績
レギュラーシーズン

開幕オーダー1三古屋英夫
2中島田誠
3一柏原純一
4右クルーズ
5指ソレイタ
6左井上弘昭
7捕加藤俊夫
8遊高代延博
9二菅野光夫
高橋一三
1981年パシフィック・リーグ順位変動

前期順位4月終了時5月終了時前期成績
1位ロッテ--阪急--ロッテ--
2位西武1.5ロッテ0.5西武2.0
3位阪急2.5西武1.5阪急3.5
4位日本ハム5.0日本ハム4.0日本ハム4.5
5位南海5.5南海5.0南海6.0
6位近鉄6.5近鉄9.5近鉄11.0

後期順位7月終了時8月終了時後期成績
1位日本ハム--日本ハム--日本ハム--
2位ロッテ0.5阪急1.0阪急3.0
3位西武1.5ロッテ2.5ロッテ8.5
4位阪急3.0西武3.5近鉄9.5
5位南海5.0南海6.5西武9.5
6位近鉄近鉄7.5南海11.5

前期最終成績順位球団勝率
1位ロッテオリオンズ35264.574優勝
2位西武ライオンズ33284.5412.0
3位阪急ブレーブス32303.5163.5
4位日本ハムファイターズ31313.5004.5
5位南海ホークス29324.4756.0
6位近鉄バファローズ25382.39711.0

後期最終成績順位球団勝率
1位日本ハムファイターズ37235.617優勝
2位阪急ブレーブス36281.5633.0
3位ロッテオリオンズ28316.4758.5
4位近鉄バファローズ29342.4609.5
5位西武ライオンズ28334.4599.5
6位南海ホークス24338.42111.5


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