1979年の映画
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米国、『スーパーマン』(1978年12月公開、リチャード・ドナー監督)が8100万ドル[注 1]で1979年の配給収入1位となる[2]

2月 - 第29回ベルリン国際映画祭マイケル・チミノ監督『ディア・ハンター』が共産圏諸国の反対により上映中止[3]

4月11日 - 『宇宙からのメッセージ』(深作欣二監督)、パリ国際SFファンタジー映画祭で好評[4]

6月11日 - 西部劇のジョン・ウェイン(72歳)死去[5][6][2]

8月28日

第11回モスクワ国際映画祭黒澤明ルネ・クレールら監督11人が特別名誉賞受賞[3]

国際児童年記念作品のアニメーション映画『龍の子太郎』、第11回モスクワ国際映画祭長編児童映画コンクール部門で銀賞受賞[7]


9月4日 - 北京上海中国初となる日本映画祭開幕(10日まで)、宝塚映画製作所お吟さま』(熊井啓監督)などを上映[3]

11月11日 - 米国、作曲家ディミトリー・ティオムキン死去[2][8]

12月22日 - 米国、ダリル・F・ザナック (映画プロデューサー)死去[2][9]

12月30日 - 米国、作曲家リチャード・ロジャース死去[2][10]

日本「1979年の日本#できごと」も参照

1月

1月20日 - 東宝三越との共同出資により製作した『燃える秋』(小林正樹監督)を一般公開(先行ロードショーは前年12月23日)[3]藤本真澄プロデューサー最後の作品[3]


2月

にっかつ、本社を東京都港区赤坂・新本社ビル(のちのロッポニカビル)に移転[11]


3月

にっかつ、新人女優オーディション(翌1980年からは「にっかつ新人女優コンテスト」に変更)に571人の応募[12]

3月1日 - ATG、会長に井関種雄、社長に佐々木史郎就任[3]

3月2日 - 新宿文化ビル(新宿文化劇場跡)竣工[3]。同ビル内に新宿文化シネマ1・2の2館開場[3]

3月3日 - 東宝、資生堂NTVとの共同出資により製作した初の外国製日本映画『ベルサイユのばら』(ジャック・ドゥミ監督)を公開[3]

3月24日

百恵友和 第10作記念作品」で、東宝・ホリプロダクションの企画・作品一般公募に『ホワイト・ラブ』(中川美和子)が入選[3]

総長の首』(中島貞夫監督)、東映初の先行ロードショー、4月7日から一般公開[4]



4月

にっかつ、第13代社長に根本悌二就任[13]

4月21日 - 今村昌平監督が8年ぶりにメガホンを握った『復讐するは我にあり』が公開[14][15]


5月

5月2日 - 東宝取締役・映画プロデューサー藤本真澄(68歳)死去[5][6]。5月11日、東宝スタジオで社葬[3]

5月31日 - 東映、『甦れ魔女』(佐藤純彌監督)、1980年モスクワオリンピック記念日ソ合作映画として正式に調印[4]


6月

東宝グループの2月期連結業績を初めて発表[3]。連結会社34社で営業収入971億9300万円[3]

6月23日 - 東京・新宿東映劇場にミニ劇場・新宿東映ホールを開設[4]。同劇場のこけら落としはTCC(東京シネマサーキット)第1回作品『下落合焼とりムービー』(山本晋也監督)[16]

6月25日 - 東映洋画宣伝室、角川春樹事務所製作、東宝配給興行戦国自衛隊』(斎藤光正監督)の宣伝を担当[4][3]

6月30日

クリストファー・リーヴ主演の『スーパーマン』が公開[17]
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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