1972年の読売ジャイアンツ
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1972年の読売ジャイアンツ
成績
日本一
日本S4勝1敗(対阪急[1]
セントラル・リーグ優勝
74勝52敗4分 勝率.587[2]
本拠地
都市東京都文京区
球場後楽園球場
球団組織
オーナー正力亨
経営母体読売新聞社
監督川上哲治
≪ 19711973 ≫

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1972年の読売ジャイアンツでは、1972年の読売ジャイアンツの動向をまとめる。

この年の読売ジャイアンツは、川上哲治監督の12年目のシーズンであり、V9の8年目のシーズンである。
概要

前年7連覇を果たしこの年も優勝候補の本命として8連覇への期待がかかるチームだったが、開幕ダッシュに成功した前年とは違って4月は平凡なスタート。5月以降は中日から首位の座を奪うと打撃陣では王貞治長嶋茂雄などが打ちまくり、崩壊寸前の投手陣をカバーして前半戦を首位で折り返す。主力の高齢化もあり、辛うじて接戦で勝つ試合が多くなったチームは5月と7月に2度阪神に同率首位に並ばれた。しかし8月26日から9連勝で阪神とのゲーム差を広げていき、最終的に8連覇を達成。この年は阪神と相性がよく、8月後半以降の同一カード6連勝(1分含む)も含めて16勝8敗2分と勝ち越したが、3位の中日には11勝15敗で負け越し、5位の大洋には13勝13敗と苦戦した。日本シリーズは2年連続で西本幸雄監督率いる阪急との対決となり、前年同様パ・リーグ盗塁王の常連となった福本豊をはじめ長池徳士加藤秀司大熊忠義といった阪急の強力打線を封じられるかに話題が集中したが、この年最多勝と最高勝率を獲得した堀内恒夫高橋一三など投手陣が徹底的に封じ最終的に4勝1敗で8年連続の日本一に輝き、西宮球場で川上監督が胴上げされた。投手陣はチーム防御率が3.43のリーグ3位に甘んじたが、52完投はリーグ1位。打撃陣はチーム本塁打・盗塁ともにリーグ1位で、打率も.254のリーグ1位を記録した。
チーム成績
レギュラーシーズン

開幕オーダー[3]1右柴田勲
2二土井正三
3一王貞治
4三長嶋茂雄
5左高田繁
6中槌田誠
7遊黒江透修
8捕森昌彦
9投堀内恒夫

1972年セントラル・リーグ順位変動順位4月終了時5月終了時6月終了時7月終了時8月終了時最終成績
1位中日--巨人--巨人--巨人--巨人--巨人--
2位大洋1.0阪神大洋2.5阪神阪神4.0阪神3.5
3位巨人2.0大洋1.5阪神3.0大洋4.0大洋8.5中日7.0
4位広島3.0中日5.0中日4.0中日5.0中日9.0ヤクルト14.5
5位阪神4.0広島7.5ヤクルト13.0ヤクルト8.5ヤクルト12.0大洋17.0
6位ヤクルト5.0ヤクルト10.0広島13.5広島12.5広島20.5広島24.0


1972年セントラル・リーグ最終成績順位球団勝率
1位読売ジャイアンツ74524.587優勝
2位阪神タイガース71563.5593.5
3位中日ドラゴンズ67594.5327.0
4位ヤクルトアトムズ60673.47214.5
5位大洋ホエールズ57694.45217.0
6位広島東洋カープ49756.39524.0

[2]
日本シリーズ

1972年 日本シリーズ日付試合ビジター球団(先攻)スコアホーム球団(後攻)開催球場
10月21日(土)第1戦阪急ブレーブス3 - 5読売ジャイアンツ後楽園球場
10月22日(日)第2戦雨天中止
10月23日(月)阪急ブレーブス4 - 6読売ジャイアンツ
10月24日(火)移動日
10月25日(水)第3戦読売ジャイアンツ3 - 5阪急ブレーブス阪急西宮球場
10月26日(木)第4戦読売ジャイアンツ3 - 1阪急ブレーブス
10月27日(金)第5戦雨天中止
10月28日(土)読売ジャイアンツ8 - 3阪急ブレーブス
優勝:読売ジャイアンツ(8年連続16回目)

[1]
オールスターゲーム1972詳細は「1972年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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