チーム勝数
ニューヨーク・メッツ3
アトランタ・ブレーブス0
シリーズ情報
試合日程10月4日?6日
観客動員3試合合計:15万4587人
1試合平均:05万1529人
殿堂表彰者ギル・ホッジス(NYM監督[注 1])
ヨギ・ベラ(NYMコーチ[注 2])
ノーラン・ライアン(NYM投手)
トム・シーバー(NYM投手)
サチェル・ペイジ(ATLコーチ[注 3])
ハンク・アーロン(ATL外野手)
オーランド・セペダ(ATL内野手)
フィル・ニークロ(ATL投手)
アル・バーリック(審判員)
チーム情報
ニューヨーク・メッツ(NYM)
GMジョニー・マーフィー
NLCS
1969
1970 >
1969年の野球において、メジャーリーグベースボール(MLB)のポストシーズンは10月4日に開幕した。ナショナルリーグの第1回リーグチャンピオンシップシリーズ(Inaugural National League Championship Series、以下「リーグ優勝決定戦」と表記)は、同日から6日にかけて計3試合が開催された。その結果、ニューヨーク・メッツ(東地区)がアトランタ・ブレーブス(西地区)を3勝0敗で下し、球団創設8年目で初のナショナルリーグ優勝およびワールドシリーズ進出を果たした。
前年までのMLBでは、ナショナルリーグもアメリカンリーグも、総当たりのレギュラーシーズンで最高勝率を記録した球団がそのままリーグ優勝となり、ワールドシリーズへ進出していた。それがこの年から、東・西2地区に分かれてそれぞれのレギュラーシーズン優勝球団を決めたうえで、その地区優勝球団どうしが5戦3勝制のリーグ優勝決定戦で対戦し、そのシリーズを制した球団がワールドシリーズへ進出する方式に改められた。
レギュラーシーズンでは両球団は12試合対戦し、メッツが8勝4敗と勝ち越している[1]。直接対決だけでなくシーズン勝率でもメッツのほうが好成績を残していたが、今シリーズ開幕前の予想ではブレーブスのほうが有利とみられていた[2]。メッツはブレーブスに1勝もさせず、初戦からの3連勝でリーグ優勝決定戦を突破した。当時はアメリカ合衆国が泥沼化するベトナム戦争に軍事介入していたため、ブレーブスGMのポール・リチャーズは「メッツをベトナムへ送り込もう、あの連中なら戦争も3日で終結させてくれるだろ」と話した[3]。このあとメッツは、ワールドシリーズでもアメリカンリーグ王者ボルチモア・オリオールズを4勝1敗で下して優勝した。しかしそのワールドシリーズ制覇の衝撃が大きかったがゆえに、今リーグ優勝決定戦については後年に触れられる機会が少ない[2]。