1965年の阪神タイガース
成績
セントラル・リーグ3位
71勝66敗3分 勝率.518[1]
本拠地
都市兵庫県西宮市
球場阪神甲子園球場
球団組織
オーナー野田誠三
経営母体阪神電気鉄道
監督藤本定義
≪ 19641966 ≫
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1965年の阪神タイガース(1965ねんのはんしんタイガース)では、1965年の阪神タイガースの動向をまとめる。
この年の阪神タイガースは、シーズン途中で就任をした1961年を含めて、藤本定義監督の5年目のシーズンである。 1962年・1964年と2度優勝しながらも日本シリーズで東映・南海にそれぞれ敗退したのを受け、藤本監督の発案でユニフォームを一新。当初はオープン戦からの使用予定だったが「ユニフォームを変えると負ける」というジンクスがあり前半戦までは従来の袖ラインなしユニフォームを使用し、オールスターゲームから新ユニフォームが登場した。こうして登場した新ユニフォームは1953年から採用のデザインに首・袖・ズボンのラインを入れ、左袖に「OSAKA」ロゴを入れたもので(ビジター用はグレーの縦縞なしで、「OSAKA」の代わりに虎マークが入る)、1973年まで使用された。新ユニフォーム効果もあり、チームは8月まで巨人に食らいついたものの最後は差が広がり、最終的に中日に抜かれて3位に終わった。投手陣では前年優勝の立役者であるジーン・バッキーと村山実がこの年も健在で、前年16歳でプロ入り初登板の古沢憲司が中継ぎで1軍に定着するなど明るい話題もあった。打撃陣は4番の山内一弘や切り込み隊長・吉田義男がそれなりの成績を残すが、後の選手が不調だったこともありV2はならなかった。 開幕オーダー1遊吉田義男 1965年セントラル・リーグ順位変動順位4月終了時5月終了時6月終了時7月終了時8月終了時9月終了時最終成績 1965年セントラル・リーグ最終成績順位球団勝敗分勝率差 [1] 本節では、前シーズン終了から本シーズン開幕までの入退団について記述する。
概要
チーム成績
レギュラーシーズン
2二鎌田実
3左山内一弘
4一遠井吾郎
5右藤井栄治
6中並木輝男
7三フェルナンデス
8捕辻佳紀
9投バッキー
1位大洋--大洋--巨人--巨人--巨人--巨人--巨人--
2位広島0.5巨人0.5阪神4.0阪神2.5阪神5.5中日7.5中日13.0
3位阪神1.0阪神2.0大洋4.5大洋5.0中日6.5阪神10.5阪神19.5
4位巨人1.0中日4.0中日6.0中日9.0大洋10.0大洋17.5大洋23.0
5位中日5.0広島5.0広島11.0広島10.5広島16.5広島25.0広島31.0
6位サンケイ7.5サンケイ9.5サンケイ11.5サンケイ24.0サンケイ30.5サンケイ38.5サンケイ45.5
1位読売ジャイアンツ91472.659優勝
2位中日ドラゴンズ77594.56613.0
3位阪神タイガース
4位大洋ホエールズ68702.49323.0
5位広島カープ59774.43431.0
6位サンケイスワローズ44915.32645.5
入団・退団
シーズン開幕前
酒井貢
大倉正貢
選手名背番号退団区分去就