1952年ヘルシンキオリンピック
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大会直前、7月17日の国際オリンピック委員会総会において、賛成33、反対20で中華人民共和国と中華民国双方の参加が決まり[2]、中華民国はこれに反発して参加を取りやめた[3]。中華人民共和国はオリンピック初参加となった。
フィンランドの英雄パーヴォ・ヌルミとハンネス・コーレマイネンの手によって聖火が届けられ、同国民が歓喜した。
日本が第二次世界大戦後初(16年ぶり)の夏季オリンピックの参加となった。
ソ連がオリンピック初参加。金メダル第1号は陸上競技女子円盤投のニーナ・ロマシェコワであった。
馬術で軍人以外の男子と女子の参加が認められ、デンマークのリス・ハルテルが同競技初の女子金メダリストになった。
チェコスロヴァキアのエミール・ザトペックが、陸上競技長距離種目(5000メートル、10000メートル、マラソン)で3つの金メダルを獲得
ヨーロッパの小国ルクセンブルクのヨジー・バーテルが、陸上競技男子1500メートルで優勝したことにより大番狂わせを演じた。
2021年現在、夏季オリンピックでは最も緯度が高い都市で開催された大会となっている(1956年メルボルンオリンピック以降は、ヘルシンキよりも緯度が高い都市で開催された夏季オリンピックは存在しない)。
実施競技
陸上競技
競泳
飛込
水球
サッカー
ボート
ホッケー
ボクシング
体操
バスケットボール
レスリング
セーリング
ウエイトリフティング
自転車
馬術
フェンシング
射撃
近代五種競技
カヌー
野球
各国の獲得メダル詳細は「1952年ヘルシンキオリンピックのメダル受賞数一覧」を参照順国・地域金銀銅計
1 アメリカ合衆国40191776
2 ソビエト連邦22301971
3 ハンガリー16101642
4 スウェーデン12131035
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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