1924年アメリカ合衆国大統領選挙
United States presidential election, 1924
投票率48.9%[1] 0.3%
候補者カルビン・クーリッジジョン・W・デイビスロバート・M・ラフォレット・シニア
政党共和党民主党進歩党
出身地域マサチューセッツ州ウェストバージニア州ウィスコンシン州
副大統領候補者
チャールズ・ドーズ
チャールズ・W・ブライアン
州別獲得選挙人分布図
.mw-parser-output .legend{page-break-inside:avoid;break-inside:avoid-column}.mw-parser-output .legend-color{display:inline-block;min-width:1.5em;height:1.5em;margin:1px 0;text-align:center;border:1px solid black;background-color:transparent;color:black}.mw-parser-output .legend-text{} クーリッジ デイビス ラフォレット
選挙前大統領
カルビン・クーリッジ
共和党選出大統領
1924年アメリカ合衆国大統領選挙(1924ねんアメリカがっしゅうこくだいとうりょうせんきょ、英語: United States presidential election, 1924)は、1924年11月4日に行われたアメリカ合衆国大統領選挙(第35回)。現職大統領で共和党候補のカルビン・クーリッジが選ばれた。
クーリッジは国内経済の活況に功績があるとされ、外交問題でも重大なものはなかった。民主党の分裂にも助けられた。民主党の正規の候補者は、ウェストバージニア州出身で知名度の低い元下院議員かつ外交官のジョン・W・デイビスだった。デイビスは保守派だったので、民主党の改革派が離党し、進歩党の候補者として出馬したウィスコンシン州選出の上院議員ロバート・M・ラフォレット・シニアの第3の政党運動を支援した。この大統領選挙はアメリカ州の先住民族がすべて合衆国市民とされ投票を許されたことでは最初の機会だった。クーリッジが一般投票での得票率で25.2ポイントの差をつけたことは、これまでの大統領選挙で2番目に大きな差となった。1番大きな差は前回1920年のウォレン・ハーディングの26.2ポイント差だった。 共和党の指名候補者 共和党全国大会は6月10日から12日までクリーブランドで開催された。現職大統領のクーリッジを彼自身の任期(1920年ではクーリッジが副大統領候補であり、1923年8月にハーディング大統領が死去したことに伴い、クーリッジが後を継いだ。従ってクーリッジはこの時点では大統領になってからまだ1年間を経過していない)に指名するという選択は容易だった。 大統領候補指名投票(1924年共和党)投票回1 元イリノイ州知事フランク・O・ローデンが副大統領候補に指名されたが、ローデンは辞退した。著名な共和党員で実業家のチャールズ・G・ドーズがその代役に指名された。 民主党の指名候補者
候補者の指名
共和党の指名
現職大統領、カルビン・クーリッジ、マサチューセッツ州出身
ハイラム・ジョンソン、カリフォルニア州選出アメリカ合衆国上院議員
ロバート・M・ラフォレット・シニア、ウィスコンシン州選出アメリカ合衆国上院議員
カルビン・クーリッジ1065
ロバート・M・ラフォレット・シニア34
ハイラム・ジョンソン10
民主党の指名
ニュートン・ディール・ベイカー、元アメリカ合衆国陸軍長官、オハイオ州出身
ジョージ・L・ベリー
フレッド・H・ブラウン
ジェイムズ・コックス、元オハイオ州知事、1920年の大統領候補
ジョセファス・ダニエルズ、元海軍長官、ノースカロライナ州出身
ウッドブリッジ・ネイサン・フェリス、ミシガン州選出アメリカ合衆国上院議員
カーター・グラス、バージニア州選出アメリカ合衆国上院議員
パット・ハリソン、ミシシッピ州選出アメリカ合衆国上院議員
デイヴィッド・ヒューストン、元アメリカ合衆国財務長官、ミズーリ州出身
ウィリアム・マカドゥー、元アメリカ合衆国財務長官、カリフォルニア州出身
エドウィン・トマス・メレディス 、元アメリカ合衆国農務長官、アイオワ州出身
ロバート・L・オーウェン、オクラホマ州選出アメリカ合衆国上院議員
アルバート・リッチー、メリーランド州知事
ジョセフ・T・ロヴィンソン、上院院内総務、アーカンソー州出身
アル・スミスニューヨーク州知事