1907年の政治
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9月
9月1日
中国革命同盟会、広東省欽州、廉州で蜂起。鎮圧される。
天津、上海、漢口、牛荘、安東で日本人居留民団設立。
9月6日 - ピウス10世、回勅を発布。
9月7日 - バンクーバーのアジア人排斥協会がデモ。日本人家屋52戸に被害。カナダ政府、1万ドルの補償に応じる。
9月12日 - 軍令に関する件を制定。統帥権独立が強化される。
9月17日 - オクラホマ州住民投票で禁酒条項を含む憲法修正を採択。
9月18日 - 陸軍13個師団から19個師団に増強する陸軍管区表改正公布。
9月21日 - 外国郵便規則を公布。
9月26日 - ニュージーランドがイギリス連邦自治領となる。
9月28日 - タフト米陸軍長官、来日。移民の相互的禁止協約を提案。
10月皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)が韓国を訪問。前列左から有栖川宮威仁親王、純宗皇帝、嘉仁親王(大正天皇)、英親王垠
10月1日 - ドイツ陸軍、ツェッペリン飛行船を購入。
10月8日 - イランで三権分立を盛り込んだ憲法補則を公布。
10月13日 - カナダ首相がバンクーバーの日本人排斥に関して遺憾の意を表明。
10月16日 - 皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)、京城に韓国皇帝を表敬訪問。
10月18日 - ハーグ平和会議閉幕。
10月26日 - ルート米国務長官、青木周蔵駐米大使と会談し、日本人移民制限を励行するように要請。
10月28日 - 陸軍の歩兵三年兵役制を二年制に改正。
11月
11月1日 - 第3次日韓協約で在韓日本人警察官は全て韓国警察官となる。
11月2日 - 香港で日貨排斥暴動起こる。
11月14日 - 第3ドゥーマ開会。新選挙法により反革命派が挽回。革命派を弾圧。
11月15日 - 台湾新竹庁で現地住民が蜂起。日本人60名余りが殺害される。
11月16日 - オブライエン駐日アメリカ大使、林董外相宛書簡で日本人労働者のアメリカ渡航制限を励行するよう申し入れ。日本側は自主規制を確約(日米紳士協約)。
11月18日 - 米労働総同盟(AFL)が日本人労働者排斥を主張する。
11月19日 - 韓国純宗皇帝(李拓)、皇太子李垠の日本留学を決定。
11月23日 - 伊藤博文、韓国皇太子の「太子太傅」に任命。
11月28日 - ベルギー・コンゴ条約締結。コンゴはベルギーにより併合される。
11月30日
第3次日韓協約
中国革命同志会が広西省の鎮南関で蜂起。12月8日鎮圧される。
12月
12月3日 - キエフ大学で当局の禁止命令に反して集会を開いた男子学生800名、女子学生ほぼ全員が退学処分。
12月6日 - 英がエチオピアとウガンダ・英領東アフリカの国境を確定。
12月7日 - エジプトでムスタファ・カメルの下、国民党が結成される。
12月8日 - スウェーデン国王オスカル2世崩御。
12月15日 - イランのシャー、ナシール・アル・マリク首相を投獄。
12月16日 - 米海軍主力艦隊(ホワイトフリート)が世界一周航海へ。
12月28日 - インド国民会議派大会で民族派と穏健派が対立して流会する。
12月29日 - カラチでインド・ムスリム連盟第1回大会が開催される。
12月 - 青年トルコ党を中心とする革命組織、パリで会合。専制政治打倒と武装蜂起を宣言。
表
話
編
歴
各年の政治
1900年代
1900190119021903190419051906190719081909
10年代
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20年代
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30年代
1930193119321933193419351936193719381939
40年代
1940194119421943194419451946194719481949
50年代
1950195119521953195419551956195719581959
60年代
1960196119621963196419651966196719681969
70年代
1970197119721973197419751976197719781979
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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