13_(忌み数)
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出典検索?: "13" 忌み数 ? ニュース ・ 書籍 ・ スカラー ・ CiNii ・ J-STAGE ・ NDL ・ dlib.jp ・ ジャパンサーチ ・ TWL(2009年7月)
サンタアニタパーク競馬場の控え馬房。13を嫌って、12と14の間を「12a」としている。

13 は、西洋において最も忌避される忌み数である。「13恐怖症」を、ギリシャ語からtriskaidekaphobia(tris「3」kai「&」deka「10」phobia「恐怖症」)という。

なお、日本においても忌避される忌み数であったとする説がある[1]
起源

13 を忌み数とする由来は明らかでないが研究者によっていくつかの説が唱えられている。
「未知数」説

原初人間が身体で計算できた数は手指の10と両足の2、計12であり、それを上回る13は「不可能(未知)の数」であるから本能的に恐れたとする説。
「非調和な数」説

古代よりの必要性から時間方位などに六十進法が使われており、中でも60約数の一つである12はそれらを構成する基準の数として、12か月や12時間、12方位などのようにしばしば用いられてきた。生活に広く根付いた基数の12に対し、12より一つ多く素数である13は、その調和を乱すものとして不吉な数と考えられた。
「宗教的要因」説

北欧神話では、12人の神が祝宴を催していた時に、招かれざる13人目の客としてロキが乱入した。このロキがヘズをたぶらかしてバルドルを殺害させており、後に起こるラグナロク勃発の起因となった。キリスト教神話においては、サタンを13番目の天使であるとする設定があり、これは土着神話のキリスト教化の中で北欧神話の話を元に生まれたとされる。このことから、英語では13のことを「悪魔ダース」(devil's dozen)とも呼ぶ。

13という数は聖書でも特別な意味を持っている。イエスを裏切った弟子であるユダは、最後の晩餐で13番目の席についていたとされており、ユダが13番目の弟子であったとする説もある。またキリスト教圏の俗信において、イエスが処刑されたのは金曜日であるとされており、13日の金曜日題材にしたアメリカ映画が大ヒットしたことで、世界中に知れ渡ることとなった。

これらの影響などから、13という数は「不吉の象徴」とされてきた[要出典]こともあり、現代では忌み数のひとつとなっている。

その一方で、13日の金曜日がイエスの処刑された日だと広く言われるようになったのは(少なくとも文書で言及されるようになったのは)近代以降である。また、古くに布教されたトルコエチオピアでは13を忌み数としないように、キリスト教圏全てで13日の金曜日や13という数が不吉とされているわけではない。

キリストの磔刑の日が13日の金曜日、ユダが13番目の弟子などは俗説で、聖書に処刑の日を特定できる記述はない。ユダが「12人の弟子の一人」であるとはっきり書かれており、13番目の弟子という説は成り立たない。ユダが抜けて替わりが入ったという記述もない。13という数に不吉なイメージを押し付けるため、近代になって不明とされてきた、イエス・キリストが処刑された日を13日としたという説もある。
忌避
社会・風習アペルドールンのある民家。12+1=と足し算を用いて13を避けている。大韓民国蔚山広域市のホテルのエレベーター。13階のボタンがない。

西洋では、多くの建物で13階を作ることが忌避される。12階の一つ上は、12A階もしくは12b階、12半階と呼んだり、13階を飛ばして14階にしたりする(中国など地域によっては14も忌み数とみなし、12階の次は15階とするケースも存在する)。これはアパートなどの部屋番号や、飛行機の座席番号などでも同様であり、空港には13番ゲートが存在しないこともある[2]。高層ビルでは、13階が機械室などに充当され、通常の利用者が13階を利用しないようにされる場合もある。ホテルでは、13階を従業員用の施設(更衣室・社員食堂など)に割り当て、客室用エレベーターが通過するという例も見られる。病院で13階や13番目にあたる病室やベッドの番号などを飛ばす事例がみられる。地名においても13番地を飛ばす場合もある。この他、Microsoft Officeなどソフトウェアのバージョン13を飛ばした製品[3]も存在する。

序数の13番に限らず、全部で13人、全13巻などの基数が13になることも同様に嫌われる。パーティーなどにおいて、14番目に来場した賓客を「13を免れた」として歓迎することがある。逆に14人だったのが1人欠けて13人になってしまった場合は、急いで別の人を招いたりもする。アニメーション等のメディア作品も同様で、茨姫の魔女13人を14人に変えるなど対処している。

第二次世界大戦中のアメリカドイツ両陣営で、戦闘機開発において12に次ぐ新機体に付ける番号は、13を避けて14や100などを使っていた。

第二次世界大戦後にGHQに接収された巣鴨拘置所(現: サンシャイン60)に設置された絞首台が13段の階段を設けていたと伝えられ、「13階段」は日本で死刑執行を意味することの隠語になっている。ただし、歴史上の絞首台の段数はまちまちで、13段はあくまで西洋での刑場に多かった一例のようである。

日本でも、13は金気の生数4と成数9の和であるため、完全な金気を象徴する殺気の数である為に忌避されたとする説がある[1]。また、山小屋で13人が集まった際は顔の絵や藁人形で14人目を追加する習俗がある[1]

十三塚や十三重塔などで死者を象徴する数として用いられたとする説がある[1]

事故

F1競技においては、以前はカーナンバーに13番は用いないことが慣習となっていた。F1世界選手権が始まる以前の1925年と1925年サン・セバスチャンGPで、ゼッケン13番を付けたレーサーが2年連続で死亡していることに起因していたが、2014年のF1世界選手権より固定ナンバー制が導入された結果、パストール・マルドナドが13番を指定した為に38年ぶりに復活する[4]。なお、それまでに13番を付けて出走した例は1963年メキシコGPにおけるモーセ・ソラーナと、1976年イギリスGPにおけるディビナ・ガリカの2例。


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