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1988年 近鉄バファローズ 対 ロッテオリオンズ 25回戦
ダブルヘッダー1試合目10.19が行われた川崎球場
123456789RHE
近鉄バファローズ000010021460
ロッテオリオンズ200000100380
開催日時1988年10月19日 (35年前) (1988-10-19)
開催球場川崎球場
開催地 日本 神奈川県川崎市川崎区
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仰木彬 (近鉄バファローズ)
有藤道世 (ロッテオリオンズ)
試合時間3時間21分
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1988年 近鉄バファローズ 対 ロッテオリオンズ 26回戦
ダブルヘッダー2試合目10.19が行われた川崎球場
近鉄バファローズ ロッテオリオンズ
4 4
延長10回時間切れ引き分け
12345678910RHE
近鉄バファローズ0000012100490
ロッテオリオンズ01000021004112
開催日時1988年10月19日 (35年前) (1988-10-19)
開催球場川崎球場
開催地 日本 神奈川県川崎市川崎区
監督
仰木彬 (近鉄バファローズ)
有藤道世 (ロッテオリオンズ)
試合時間4時間12分
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10.19(じってんいちきゅう)は、1988年10月19日に川崎球場(神奈川県川崎市川崎区)でダブルヘッダーにより行われた、日本プロ野球のパシフィック・リーグ(以下「パ・リーグ」)の近鉄バファローズ(以下「近鉄」)[注 1] 対ロッテオリオンズ(以下「ロッテ」)[注 2] 第25・26回戦を指す通称である。
近鉄が「10.19」で連勝すれば近鉄のパ・リーグ優勝が決定し、近鉄が1回でも敗れるか引き分けるかで西武ライオンズの優勝が決定するという状況のもと、近鉄が第2試合で引き分けて西武のリーグ優勝が決まった。川崎球場は超満員となり、第2試合途中から急遽全国的にテレビ中継が放送され、関西地区では46.7%の高視聴率を記録した[1]。
2010年にNPBが行った「最高の試合」「名勝負・名場面」調査では、監督およびコーチ、報道関係者の両者が「最高の試合」の第2位にこの試合を選んでいる[2]。
この項目では、翌1989年10月12日に行われた西武対近鉄24・25回戦のダブルヘッダー(西武球場)と、「10.19」で優勝を逃した近鉄が1年越しで達成したリーグ優勝についても記述する。 この節への加筆について(ノート 参照) 近鉄バファローズは、1988年6月、大麻不法所持により逮捕、退団となった主砲のリチャード・デービスに代わる選手として、中日ドラゴンズで第三の外国人選手だったラルフ・ブライアントを、同月28日に金銭トレードで獲得し支配下選手登録を行った。同日、首位の西武ライオンズと2位近鉄は8ゲーム差だった。中日では出場機会に恵まれなかったブライアントは大活躍を見せるが、9月15日の段階でも、首位西武と2位近鉄は6ゲーム差であった。 しかし、ここから近鉄は驚異の追い上げを見せる。西武が9月16日からの7試合を3勝4敗だった一方、近鉄は8試合8連勝し、9月終了時点で1.5ゲーム差となる。その後もゲーム差は縮まり、10月4日には西武が負けて近鉄が勝ったため、2位近鉄に優勝へのマジック14が点灯、翌日の試合にも勝ち、首位に立っている。 例年より降雨による試合中止が多かった一方、10月22日に日本シリーズの開幕が決まっていたため、近鉄は10月7日から19日にかけての13日間で15連戦(10、19日はダブルヘッダー)、一方の西武も7日から16日まで10連戦を戦った。7日・8日に近鉄と西武の直接対決で西武が連勝し再び首位となり近鉄と2ゲーム差となるが、そこから13日までに西武は4勝1敗、近鉄が対ロッテ戦6試合に全勝として、近鉄のマジックが点灯のまま減っていった。14日から16日はともに勝ち、負け、勝ちが続き、16日、西武は全日程を終了した。 近鉄は17日に阪急ブレーブスに敗れたため、優勝するためには残る対ロッテ戦3試合に全勝するしかなく、引き分け1つも許されない状況に追い込まれた。近鉄は西宮球場から宿舎(京都)に移動するバスの車内で、佐々木修が音頭を取り、近鉄バファローズの球団歌を全員で合唱した[3][4]。翌日の18日、近鉄は川崎球場で行われた対ロッテ戦に12対2で勝利し、10月19日を迎えた。 15時試合開始。川崎球場は快晴だった。 初回にロッテは愛甲猛の2ラン本塁打で2点を先制(近0-2ロ)。近鉄は、ロッテの先発投手の小川博に5回二死まで無走者・無得点に抑えられていたところで、鈴木貴久の本塁打で1点を返した(近1-2ロ)。7回裏にロッテは2四球により二死一・三塁となったところで佐藤健一が二塁打を放ち1点を追加(近1-3ロ)、再び2点差とした。鈴木の本塁打以降再び無走者・無得点に抑えられていた近鉄は、8回表一死から鈴木がチーム2本目となる安打、続く吹石徳一の代打加藤正樹が四球で出塁して一死一・二塁となったところで、山下和彦の代打村上隆行が2点適時二塁打を放ち3-3の同点に追いついた(近3-3ロ)。9回表を迎えた時点で両チームの得点はそのままであり、当時のパ・リーグは「ダブルヘッダー第1試合は延長戦なし。9回で試合打ち切り」という規定があったため、近鉄はこの9回表に勝ち越さなければ西武の優勝が決まる状況であった。
「10.19」
「10.19」に至るまでの経緯
「1988年の野球」も参照
第1試合