脂肪細胞が肥大化すると、特に内臓に存在する脂肪細胞から遊離脂肪酸が遊離される。この脂肪酸の一部が骨格筋や肝細胞に運ばれ、骨格筋内へ運ばれた脂肪酸はタンパク質分子をリン酸化する酵素であるプロテインキナーゼCを活性化し、更にNF-κBに関連したIκBαのセリン残基をリン酸化する酵素複合体であるIκB kinase
(IKK)が活性化されて、インスリン受容体基質であるIRS1タンパクのセリン残基をリン酸化する。この経路によってIRS1タンパクがリン酸化されると、正常なリン酸化過程が阻害され、結果的にIRS1以降のシグナルが伝達されず、インスリン依存のグルコーストランスポーターであるGLUT4を膜に移送できなくなる。GLUT4が機能しにくくなると、インスリンによりグルコースが細胞に取り込まれにくくなる。この状態がインスリン抵抗性となる[9]。もう1つのメカニズムとして、脂肪細胞から単球走化性タンパク質であるMCP-1が遊離され、MCP-1は単球を引き寄せ、細胞外に出た単球は活性化されてマクロファージとなる。このマクロファージは脂肪細胞の周囲に集積し、ここから腫瘍壊死因子として知られるTNFαを分泌する。TNFαが受容体に結合するとセリン・スレオニンキナーゼであるJNK(c-Jun amino-terminal kinase)がインスリン受容体基質であるIRS1タンパクのセリン残基をリン酸化する。この経路でも上記メカニズムと同様にインスリン抵抗性となる。また、TNFαは、GLUT4の発現を抑制する作用もある。TNFαのこれらの作用は著明なインスリン抵抗性を示す[9]。
さらに加えて、脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンは、TNFαや遊離脂肪酸と異なり、インスリン受容体の感受性を上げるが、脂肪細胞の肥大化によりアディポネクチンの分泌が低下し、結果としてインスリン抵抗性を示す[9]。 日本肥満学会による診療ガイドラインでは、次のものが肥満症の要因として挙げられている。 肥満への対処として、食事と運動など生活習慣の改善を行う行動療法(食餌療法、運動療法)が有効である[22][30][31]。 既に肥満症となっている人の治療では食餌療法が基本であり[22]、肥満の予防には運動が有効である[22]と日本肥満学会は推奨する。 世界保健機関(WHO)は、肥満問題に対する戦略として以下を挙げている[32]。 2003年、世界保健機関は、肥満について、「高カロリー食品、動物性脂肪、ファストフード、砂糖を含んだジュースの過剰摂取が原因である」と発表した[34]。 2014年、世界保健機関は、肥満と口腔の健康に関する体系的批評を元に[35]、砂糖の摂取量をこれまでの1日あたり10%以下を目標とすることに加え、5%以下ではさらなる利点があるという砂糖のガイドラインのドラフトを公開した[36]。具体的には、砂糖の摂取量は「1日にティースプーン6杯分以内(約25グラム)に抑えること」としている。 日本動脈硬化学会 運動療法は食事療法と組み合せて行われる[38]。世界保健機関(WHO)は肥満の原因として、不健康な食生活に加え、身体運動の欠如 (physical inactivity)を挙げる[39]。 肥満の治療方法としては、食事療法と運動療法の2つであると言われる[40]。短期的には減量できる[41]が、減量した体重を維持するのはなかなか難しく、運動と減食を続けるように、と要求されることが多い[42][43]。生活習慣の改善を伴った長期的な減量成功率は、「2 - 20%」とされている[44]。食生活の改善は、妊娠期における体重増加を食い止め、母子の健康を改善する[45]。 肥満症においては食事療法が基本であり、摂取エネルギー量を制限することが最も有効で確立された方法である。 日本肥満学会の診療ガイドラインでは、一般的にエネルギー算出栄養素の比率は炭水化物50?65%、タンパク質13?20%、脂肪20?30%とし、必須アミノ酸を含むタンパク質、ビタミン、ミネラルの十分な摂取を欠かさないようにするとしている。BMI25以上の肥満症の改善においては1日あたりの摂取エネルギー量を25kcal/kg×目標体重kg以下に設定する。ただし、一律に目標体重に基づいた摂取エネルギー量の遵守を求めることが現実的でない場合もあり、対象者のエネルギー摂取状況や状況に合わせて個々に選択するものとしている[22]:53-56。 総エネルギー摂取量が同じであれば、炭水化物(アルコール含む)・タンパク質・脂質それぞれの摂取量を変えても減量効果は有意に異なるものではないというメタ・アナリシスが多い。つまり、例えば炭水化物の摂取を削減したとしても、同量のエネルギーをタンパク質および脂質から摂取した場合は減量効果は期待できない[46]:155。 運動は肥満症に関連する死亡リスクや心血管疾患発症・重症化リスクを低減させる。また、肥満の予防に有用であり、減量体重の維持にも有用である。一方で、肥満症の者に実施可能な運動量では減量については効果が期待できない。運動量がガイドライン推奨レベルに達していなくても心血管疾患発症・重症化リスクを低減させるため、減量効果がなかったとしても少しでも身体活動・運動量を増やすことが推奨されている[22]:58-63。 歩行や呼吸が困難になるほどの重篤な肥満は「病的肥満」と呼ばれ、手術を要する場合もある[47]。 .mw-parser-output .legend{page-break-inside:avoid;break-inside:avoid-column}.mw-parser-output .legend-color{display:inline-block;min-width:1.5em;height:1.5em;margin:1px 0;text-align:center;border:1px solid black;background-color:transparent;color:black}.mw-parser-output .legend-text{} 5%未満 5%から10% 10%から15% 15%から20% 20%から25% 25%から30% 30%から35% 35%から40% 40%から45% 45%から50% 50%から55% 55%を超える データなし 1,600未満 1,600から1,800 1,800から2,000 2,000から2,200 2,200から2,400 2,400から2,600 2,600から2,800 2,800から3,000 3,000から3,200 3,200から3,400 3,400から3,600 3,600を超える 世界的には、男性の24%と女性の27%が肥満であるという[59]。一般的に、アジア諸国に比べてアメリカ合衆国および欧州各国のほうが肥満の人々の割合が高いとされる[60]。 2021年6月、世界保健機関は以下のように発表した[61]。
要因
食生活:エネルギー摂取量の過多は体重増加をきたす。糖質摂取割合が大きいことは肥満と関連し、タンパク質摂取割合が小さいこともまた肥満と関連する。早食いはエネルギー摂取量とは独立して肥満と関連する[22]:33-34。
飲酒:多量飲酒はエネルギー過剰摂取を介して体重増加リスクとなる[22]:34。
身体活動:生活活動を含む日常の身体活動量の増加は肥満を抑制する。定期的な運動と食事介入の併用は肥満予防効果を高める[22]:34-35。
睡眠:短時間睡眠は体重増加と関連する[22]:35。
喫煙と禁煙:重度喫煙者は肥満度が大きい傾向にある。これまでの喫煙の本数と期間が大きいと禁煙後の体重増加が大きい[22]:35-36。
心理社会的・社会経済的要因:ストレスなどの真理特性や居住地域などの社会的特性も、食事や身体活動に影響することで肥満度と関連する[22]:36。
職業要因:労働時間の長さ、交代勤務の有無、職階は食習慣や身体活動に影響することで肥満度と関連する[22]:36-37。
性ホルモン、加齢:加齢に伴うエストロゲンやアンドロゲンの減少が体脂肪の増加をきたすことが報告されている[22]:37。
胎児期および出生後の栄養状態:妊娠期の母体の過剰な体重増加、喫煙や、母乳栄養期間の短さなどが、出生時のその後の肥満リスクと関連することが報告されている。低出生体重とその後の肥満との関連を明確に示した報告はあまりない[22]:37。
専門機関による勧告
砂糖、脂肪、動物性脂肪の摂取制限[33]
食品の広告を制限する
税制を活用する(砂糖税を導入する)
子供へのジャンクフードの販売を制限する
症候性肥満では原疾患
食生活
運動療法
治療法
食事療法
運動療法
手術
胃縮小術
開腹手術として、肥満に対する最初にして唯一の保険収載の外科手術治療
腹腔鏡下スリーブ状胃切除手術(袖状胃切除術とも。Laparoscopic sleeve gastrectomy:LSG)
胃の大彎側を腹腔鏡下に切除する治療法。前述の胃縮小術と近いが開腹手術ではなく腹腔鏡下手術である。日本でもBMI数値が35以上の場合、保険が適応される(K656?2 腹腔鏡下胃縮小術(スリーブ状切除によるもの、36,410点)
腹腔鏡下調節性胃バンディング手術(Laparoscopic adjustable gastric banding:LAGB)
胃の上部にバンドを巻いて調節ポートを皮下に埋め込む手術。調節ポートでバンドの収縮具合を調整する。保険は適応されない
腹腔鏡下Roux-en-Y胃バイパス手術(Laparoscopic Roux-en-Y gastric banding:LRYGB)
小腸バイパス術(Jejunoileal bypass:JIB)や胆膵バイパス術(Biliopancreatic diversion:BPD)の応用として開発された。保険は適応されない
内視鏡的胃内バルーン留置術(endoscopic intragastric balloon:IGB)
1982年にNieben OGとHarboe Hによって考案され、胃内に生理食塩水を注入したバルーンを留置(Bioenteric Intragastric Balloon:BIBR)する。バルーンが劣化を見せたら、6ヵ月ごとに交換する必要がある。これも保険は適応されない
AspireAssistシステム[48]
胃瘻を増設し、専用の減量装置を用いる。アメリカ食品医薬品局が2016年に承認した。食事から約20分後に、体外の装置を胃瘻ポートに取り付けられ、胃内内容物のおよそ30%が排出・廃棄される[49]
薬物治療詳細は「抗肥満薬(英語版
マジンドール(商品名:サノレックス)
セマグルチド(商品名:オゼンピック、リベルサス、ウゴービ[50])
リラグルチド(商品名:ビクトーザ)[51]
ゼニカル(脂肪吸収阻害剤 orlistat; 日本未発売)
防風通聖散(ボウフウツウショウサン) 漢方薬:麻黄、甘草、荊芥、連翹、ほか合計18種類の生薬より構成される[52]。耐糖能異常[53]を有する肥満者に有効[54]
大柴胡湯(ダイシサイコトウ) 漢方薬:柴胡、半夏、黄?、芍薬、大棗、枳実、生姜、大黄より構成され、胃炎、常習便秘、高血圧や肥満に伴う肩こり・頭痛・便秘、神経症、肥満症に有効[55]
防已黄耆湯(ボウイオウギトウ) 漢方薬:黄耆、防已、蒼朮、大棗、甘草、生姜より構成され、肥満に伴う関節の腫れや痛み、むくみ、多汗症、肥満症に有効[56]
肥満の国際的状況OECD 加盟国のうち、BMI指数が30以上の割合 世界における肥満の割合(男性:上、女性:下)[57]
1961年から2002年までの世界の一人当たりの平均摂取エネルギーの状況[58] 1961年(上)および2001年から2003年(下)における摂取エネルギー(kcal/人/日)の状況[58]
世界において、1975年以降、肥満は約3倍に増加している
2016年、18歳以上の成人19億人以上は太り過ぎであり、そのうちの6億5千万人以上が肥満であった
2020年、5歳未満の子ども3900万人が、過体重もしくは肥満であった
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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