馬肉
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但し、馬の飼育数と馬肉の生産量は比例していない[18]
料理

馬刺し(ばさし) - 生の馬肉を食べる料理

おたぐり - 長野県伊那谷地方の馬のもつ煮

なんこ鍋 - 北海道東北地方の郷土料理

さいぼし - 馬肉を使用した日本のジャーキー

馬焼肉 - 馬肉を鉄板で焼いて食べる料理

馬肉ラーメン - 山形県長井市で食されている馬肉を使ったラーメン

アメリカ合衆国

馬肉食をタブー視する人も多いが、様々な国から移民を受け入れているアメリカでは、馬肉を好む人もいる。メキシコやカナダの処理場に馬を輸出し、馬肉を輸入する人々もいる。
イギリス

イギリスでは、食用馬肉の屠畜と消費は法律で禁じられていない。18世紀から19世紀にかけてはペットフード用の肉を扱う猫肉屋が馬肉も用いていた。複雑に入り組んだヨーロッパの食品流通経路により、イギリスの食卓にも長年、馬肉が使用されている。

英語で「馬を食べる」(eat a horse)といった場合、(丸々一頭食べられるほど)空腹であるという意味で、あくまで比喩表現である。「a」が付いているので「馬肉」という肉の種類を表すのではなく個体として「馬」を表すので「eat a chicken」と言っても同じである(を丸々一羽食べられるほど空腹)。
中国

中国2008年の統計で702.8百万匹を有し[19]、197,984トンを生産した、世界一の飼育、産出国であるが、中国国内で馬肉そのままを食材として調理する例は限られ、ほとんどが輸出用、ソーセージ肉団子などの加工食品用に利用されている。地域的には東北部西北部内モンゴル自治区に偏在して飼育されている[20]。近年は華北地域を中心に馬肉を輸出用に加工できる施設が増えている[20]

中国において馬肉を食した記録は紀元前から見られ、紀元前645年韓原の戦い後において穆公軍を追って、逆に包囲された時、西戎の兵300人が晋軍を撃退し、この時、穆公は西戎に良馬を食べさせたが、役人が捕まえて罰しようとしたため、「良馬の肉を食べた時は酒を飲まないと腹を壊すと聞いている」と言って、酒を賜い、その罪を許し、この西戎は「馬酒兵」と呼ばれることになる[21]。これは馬を食すことが罪であったと同時に特例として許した記述である。

李時珍がまとめた『本草綱目』は、馬肉は「辛、苦、冷、有毒」という性質で、傷中を治し、余熱を下げ、筋骨を育て、腰や脊を強くし、壮健、飢餓感を抑える効果があるとする[22]。薬効は認めながら、むやみに食べてはならないという立場である。これに対して馬乳は「無毒」、また、同じウマ属で、山東省河北省などの華北地域では一般的かつ美味な食材として消費されているロバの肉も「無毒」と記されている。

中国料理としての馬肉料理の例としては下記がある。

馬肉米粉 - 広西チワン族自治区桂林市の名物料理。この地域の米粉福建省台湾ビーフンと違い、細うどんほどの太さの、切り口が丸い米のである。これを馬の肉と骨でとったスープに入れ、煮てスライスした馬肉を載せて供される。この地域においても、豚肉、牛肉の方が広く食べられており、馬肉料理は限られる。

馬肉火鍋 - 貴州省恵水県の名物の鍋料理

また、中国国内の少数民族料理の例として下記がある。

熏馬肉 - 新疆ウイグル自治区イリ・カザフ自治州カザフ族伝統の馬肉の燻製。旧ロシア連邦カザフスタン料理と共通する。

熏馬腸 - カザフ語で「?азы」(カズィ(英語版)、?茲)。同じく新疆ウイグル自治区イリ・カザフ自治州のカザフ族伝統の非常に太い腸詰燻製


オーストリアウィーンの馬肉レバーケーゼ

オランダの燻製馬肉ハム

東京で提供されている馬刺し

馬刺し

イタリアパドヴァの馬肉シチュー

カザフスタンの馬の胃、焼肉、ソーセージ

インドネシアジョグジャカルタ市の馬肉サテ

フランス

フランスでは、馬肉食は一般的であり、馬の頭部を店頭に並べたり、真っ赤な看板に金色の馬の頭部の作り物を飾ったりするのが決まりである。フランス革命後の混乱期に食糧が逼迫した時に、ナポレオン・ボナパルトが戦場で死んだ馬の肉を食用にすることを許した。ほどなく正式に馬肉の市場取引が認められ、1870年代に普仏戦争でドイツ軍がパリを包囲した時は多くの馬が処分された。安くて庶民的な食品として家庭で食べられるが、高級レストランに出ることはない[23]。ただ、フランス国内の馬肉業者は、ソビエト連邦の崩壊後に東欧から安い馬肉が流入したことで壊滅状態となった。フランス産馬肉が減った結果、フランス人の馬肉消費量も減りつつある。食肉業界の統計によれば、フランスで消費される食肉のうち、馬肉が占める割合はわずか0.4%程度で、1年に1回以上馬肉を食べるという家庭も5世帯に1世帯にも満たない。ただし、BSE問題で、店舗によっては客足が戻りつつあるという[24]

料理としてはタルタルステーキの他、仔牛カットレットのように馬肉を調理する場合もある。
食のタブー・批判第二次世界大戦の逼迫した食糧事情は、アメリカなど馬肉を忌避する社会にも馬肉食を容認させた。写真は1942年にドイツ国防軍報道部員東部戦線で撮影した、死馬の肉を切り取ろうとする市民。

フランスのソリュートレ遺跡の10万頭のウマ狩りなどに見られるように、先史時代においてはウマは食用動物として狩猟の対象となっていた。しかし、ウマの家畜化とともに、その関係に変化が見られるようになった。紀元前4000年頃から、呪術原始宗教がウマに象徴的意味を与えるようになった。精神分析学者は、その意味や概念が我々に人肉食とウマを食べることに共通した心理現象を無意識に与えているのだ、としている[25]

ウマは歴史的に農耕馬車の牽引、乗用に使用されており、家畜であると共に狩猟戦場における足ともなって来た。これらから、肉食に供することに嫌悪感や抵抗感を持つ人もいる。アメリカ、イギリスで、馬肉食をタブー視する傾向が強い[26]
日本

日本の乗馬及び競馬に携わる人の中には食材としての馬肉を忌避する者が多い。しかし、競馬雑誌の競走馬の異動欄には、現役を引退する馬の異動先が記されている。地方競馬への移籍や種牡馬・繁殖入りの他に乗馬になる馬がいる。それが全て乗馬になるわけではない。それ以外にも「用途変更」という名称で姿を消す馬が相当数おり、その「用途」の中には食用もあるといわれている。


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