人気は束の間で[16]、1974年から2度に渡る事務所移籍問題を巡り[1][2][11][18][19]、暴力団が介入して[2][19]、風吹誘拐事件[2][11][18][19]、失踪事件[2]などのスキャンダルとなり[1][11][18][19]、マスメディアが大騒ぎし[1][2][11]、二重契約問題でCMを降ろされ[16]、風吹自身も2年の年齢詐欺や先の銀座のホステス経験[1][2][11][16]、デビュー時のプロフィールでは「京都市立日吉ヶ丘高等学校卒」としていたことがウソとバレ[1][3][18]、当時ついていた清純派歌手イメージが崩れた[1][11][18]。清純派イメージが無くなると以降、ヌードも辞さず[1][20]、1977年『白熱デッドヒート』で映画初出演すると1979年の『蘇える金狼』で松田優作とフルヌードで激しい濡れ場を演じ[1][5][8][20]、ファンやマスメディアを驚かせ[20]、また女優として高い評価を得た[1][8][20]。清純派タレントが醜聞をテコに成長した例はそれまでほとんど無かった[1]。