その上で、佐藤は本作について「敗戦によって日本人が失ったもの」を描き出している作品と捉え、その失われたものとは「たんに一人の主婦の肉体的な貞操だけでなく、すべての日本人の精神的な純潔性そのもの」であるとし[8]、若い娼婦が隅田川沿いの空き地で弁当を食べるシーンを引いて「敗戦で日本人は娼婦のごときものとなった、しかしそれでも、空き地で弁当を食べる素朴さは保持しようではないか」というのが本作に込められたメッセージであると述べている[9]。
これと同様の分析として、アメリカの作家・批評家であるジョーン・メレンは、夫婦の子どもの名前がヒロ(浩)であることを挙げ「この名前が天皇から取られたのは偶然ではない」とした上で「彼女は日本人の生活のすぐれた点を守るために身を売ったのである。(中略)小津は日本人に向かって、すぐれた点、つまり占領によって汚されることのないと彼が信じる日本人の生活の貴重なものを守るために、新しい社会を受け入れるべきだと語っている」[10]と書いている。
また、フランスの映画評論家・映画プロデューサーのユベール・ニオグレは、前述のように本格的に野田との脚本コンビを組むきっかけとなった作品であることに着目し「戦後日本の道徳的雰囲気についてのもっとも素晴しい要約のひとつであり、小津作品のなかで戦争の時代を締めくくり、今日もっとも知られた後期作品に先立つ転回点としての作品でもある」[11]と評価した。
登場人物の造形に関しては、夫が妻を突き飛ばした後に後悔を見せるところに、日中戦争に従軍した小津自身の兵士としての罪の意識が反映されているのではないかと佐藤は考察している[4]。さらに、妻が一度だけ犯した不貞を許せない夫が思い悩むという点は、小津が敬愛していた志賀直哉の『暗夜行路』と共通するという指摘もされている[12][13]が、小津自身は「似て非なるもの」と述べている[13]。
映画監督の黒沢清は、子どもが全快する作劇や夫が妻を突き飛ばした後の夫の対応に不自然さを認め、子どもは実は亡くなっているのではないか、夫もそもそも戦死していて、劇中に登場する夫は亡霊なのではないかと分析したうえで、階段から妻が転がり落ちることで家族全員が死ぬという「気味の悪い映画」であると結論づけている[14]。
配役
佐野周二 - 雨宮修一
田中絹代 - 時子
村田知英子 - 井田秋子
笠智衆 - 佐竹和一郎
坂本武 - 酒井彦三
高松栄子 - つね
水上令子 - 野間織江
文谷千代子 - 小野田房子(若い娼婦)
長尾敏之助 - 医師
中川健三 - 巡査
岡村文子 - 女将
清水一郎 - 古川
三井弘次 - 男A
手代木国男 - 男B
谷よしの - 看護婦A
泉啓子 - 看護婦B
中山さかえ - 看護婦C
中川秀人 - 時子の子・浩
長船フジヨ - 彦三の子・あや子
青木放屁 - 正一
作品データ
フォーマット:白黒、スタンダードサイズ (1.37:1)、モノラル
初回興行:国際劇場
同時上映:
受賞
第3回毎日映画コンクール 女優演技賞(田中絹代)・美術賞(浜田辰雄)
キネマ旬報ベストテン 第7位
脚注[脚注の使い方]^ a b 松竹株式会社 編『小津安二郎 新発見』(初版第2刷)講談社〈講談社+α文庫〉(原著2002年12月20日)、270-271頁。.mw-parser-output cite.citation{font-style:inherit;word-wrap:break-word}.mw-parser-output .citation q{quotes:"\"""\"""'""'"}.mw-parser-output .citation.cs-ja1 q,.mw-parser-output .citation.cs-ja2 q{quotes:"「""」""『""』"}.mw-parser-output .citation:target{background-color:rgba(0,127,255,0.133)}.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-ws-icon a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg")right 0.1em center/12px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-code{color:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit}.mw-parser-output .cs1-hidden-error{display:none;color:#d33}.mw-parser-output .cs1-visible-error{color:#d33}.mw-parser-output .cs1-maint{display:none;color:#3a3;margin-left:0.3em}.mw-parser-output .cs1-format{font-size:95%}.mw-parser-output .cs1-kern-left{padding-left:0.2em}.mw-parser-output .cs1-kern-right{padding-right:0.2em}.mw-parser-output .citation .mw-selflink{font-weight:inherit}ISBN 4-06-256680-X。
^ 松竹映像版権部 編『小津安二郎映畫讀本 [東京] そして [家族]』(初版第5刷)フィルムアート社(原著1993年9月25日)、80頁。ISBN 4-8459-9319-8。
^ a b 松竹映像版権部編、前掲書、13-14ページ。