風の中の牝?
[Wikipedia|▼Menu]
批評・分析

公開後の評判は芳しくなく、小津が時流に迎合した一作として批判され、一般には失敗作と見なされている。脚本の斎藤は後年のインタビューで「戦争が悪いとあからさまに言うのではなく、敗戦の世相のようなものをちょっと入れたいなと感じていた。そこをもう少し突っ込んでもらいたかった」という内容の発言をしている[3]。小津も「作品というものには、必ず必敗作(ママ)があるね、それが自分にプラスする失敗ならいいんだ。しかし、この『牝?』はあまりいい失敗作ではなかったね」[5]と後に語り、納得のゆく作品ではないことを自ら認めている。

脚本家野田高梧は本作について「現象的な世相を扱っている点やその扱い方が僕には同感出来なかった」[6]と述べた。この批判を受け入れた小津は、もっと別の世界を描こうと、野田と共に次回作『晩春』の脚本を手がけることとなる。

小津の監督作品としては失敗作とされていることについて、映画評論家佐藤忠男は、戦時中に戦意高揚映画を作っていた映画人たちが終戦後に一転して民主主義啓蒙映画を作り出したことや、敗戦の苦しみと未来への希望を描くありきたりの戦後風俗映画が当時は多かったことを挙げ、そういった状況に食傷していた批評家たちが本作をもそうした作品のひとつに分類してしまったことが原因と分析している[7]

その上で、佐藤は本作について「敗戦によって日本人が失ったもの」を描き出している作品と捉え、その失われたものとは「たんに一人の主婦の肉体的な貞操だけでなく、すべての日本人の精神的な純潔性そのもの」であるとし[8]、若い娼婦が隅田川沿いの空き地で弁当を食べるシーンを引いて「敗戦で日本人は娼婦のごときものとなった、しかしそれでも、空き地で弁当を食べる素朴さは保持しようではないか」というのが本作に込められたメッセージであると述べている[9]

これと同様の分析として、アメリカの作家・批評家であるジョーン・メレンは、夫婦の子どもの名前がヒロ(浩)であることを挙げ「この名前が天皇から取られたのは偶然ではない」とした上で「彼女は日本人の生活のすぐれた点を守るために身を売ったのである。(中略)小津は日本人に向かって、すぐれた点、つまり占領によって汚されることのないと彼が信じる日本人の生活の貴重なものを守るために、新しい社会を受け入れるべきだと語っている」[10]と書いている。

また、フランスの映画評論家・映画プロデューサーのユベール・ニオグレは、前述のように本格的に野田との脚本コンビを組むきっかけとなった作品であることに着目し「戦後日本の道徳的雰囲気についてのもっとも素晴しい要約のひとつであり、小津作品のなかで戦争の時代を締めくくり、今日もっとも知られた後期作品に先立つ転回点としての作品でもある」[11]と評価した。

登場人物の造形に関しては、夫が妻を突き飛ばした後に後悔を見せるところに、日中戦争に従軍した小津自身の兵士としての罪の意識が反映されているのではないかと佐藤は考察している[4]。さらに、妻が一度だけ犯した不貞を許せない夫が思い悩むという点は、小津が敬愛していた志賀直哉の『暗夜行路』と共通するという指摘もされている[12][13]が、小津自身は「似て非なるもの」と述べている[13]

映画監督の黒沢清は、子どもが全快する作劇や夫が妻を突き飛ばした後の夫の対応に不自然さを認め、子どもは実は亡くなっているのではないか、夫もそもそも戦死していて、劇中に登場する夫は亡霊なのではないかと分析したうえで、階段から妻が転がり落ちることで家族全員が死ぬという「気味の悪い映画」であると結論づけている[14]
配役

佐野周二 - 雨宮修一

田中絹代 - 時子

村田知英子 - 井田秋子

笠智衆 - 佐竹和一郎

坂本武 - 酒井彦三

高松栄子 - つね

水上令子 - 野間織江

文谷千代子 - 小野田房子(若い娼婦)

長尾敏之助 - 医師

中川健三 - 巡査

岡村文子 - 女将

清水一郎 - 古川

三井弘次 - 男A

手代木国男 - 男B

谷よしの - 看護婦A

泉啓子 - 看護婦B

中山さかえ - 看護婦C

中川秀人 - 時子の子・浩

長船フジヨ - 彦三の子・あや子

青木放屁 - 正一

作品データ

フォーマット:
白黒スタンダードサイズ (1.37:1)、モノラル

初回興行:国際劇場

同時上映:

受賞

第3回
毎日映画コンクール 女優演技賞(田中絹代)・美術賞(浜田辰雄)

キネマ旬報ベストテン 第7位

脚注[脚注の使い方]^ a b 松竹株式会社 編『小津安二郎 新発見』(初版第2刷)講談社〈講談社+α文庫〉(原著2002年12月20日)、270-271頁。.mw-parser-output cite.citation{font-style:inherit;word-wrap:break-word}.mw-parser-output .citation q{quotes:"\"""\"""'""'"}.mw-parser-output .citation.cs-ja1 q,.mw-parser-output .citation.cs-ja2 q{quotes:"「""」""『""』"}.mw-parser-output .citation:target{background-color:rgba(0,127,255,0.133)}.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-ws-icon a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg")right 0.1em center/12px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-code{color:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit}.mw-parser-output .cs1-hidden-error{display:none;color:#d33}.mw-parser-output .cs1-visible-error{color:#d33}.mw-parser-output .cs1-maint{display:none;color:#3a3;margin-left:0.3em}.mw-parser-output .cs1-format{font-size:95%}.mw-parser-output .cs1-kern-left{padding-left:0.2em}.mw-parser-output .cs1-kern-right{padding-right:0.2em}.mw-parser-output .citation .mw-selflink{font-weight:inherit}ISBN 4-06-256680-X。 
^ 松竹映像版権部 編『小津安二郎映畫讀本 [東京] そして [家族]』(初版第5刷)フィルムアート社(原著1993年9月25日)、80頁。ISBN 4-8459-9319-8。 
^ a b 松竹映像版権部編、前掲書、13-14ページ。
^ a b 佐藤忠男『完本 小津安二郎の芸術』(初版第1刷)朝日新聞社〈朝日文庫〉(原著2000年10月1日)、403頁。ISBN 4-02-264250-5。 
^ フィルムアート社 編『古きものの美しい復権 小津安二郎を読む』(改訂第9刷)フィルムアート社〈本の映画館 ブック・シネマテーク〉(原著1982年6月20日)、33頁。ISBN 4-8459-8243-9。 
^ 貴田庄『監督小津安二郎入門 40のQ&A』(初版第1刷)朝日新聞社〈朝日文庫〉(原著2003年9月30日)、170頁。ISBN 4-02-261428-5。 
^ 佐藤、前掲書、329ページ。
^ 佐藤、前掲書、400ページ。
^ 佐藤、前掲書、402ページ。
^ Mellen, Joan (1976). The waves at Genji's door: Japan through its cinema. New York: Pantheon. ISBN 0-394-49799-6 
^ Niogret, Hubert (2 1978). “Introducing: Yasujiro Ozu, ou pour la premiere fois a l'ecran”. Positif (203). 
^ 佐藤、前掲書、398ページ。
^ a b 貴田、前掲書、164ページ。


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:29 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef