顕生代
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その結果白亜紀の前期から中期はジュラ紀に引き続いて非常に温暖な気候(北半球の中緯度で現在よりも7-8℃高い)[25] であった。更に白亜紀中期の海洋深層水の温度も17℃と推定されており、現在の約2℃よりかなり高かった[100]。氷床の無い温暖な気候下では海水準が上昇するが、更に白亜紀において活発なマントル活動による影響で海洋底の岩盤が厚くなった結果、海洋底の深さが通常より浅くなってしまい、海水準が約200m上昇した[25]。これは世界的な海進となって陸地の平野面積を減少させた。しかし白亜紀後期には気温は徐々に低下していった[注釈 20]

ジュラ紀中期までは、地続きであった北米とアフリカから同じ恐竜が見つかるなど陸上生物は比較的均一であったが、パンゲア大陸の分裂と海進によって陸地が分断されたため、白亜紀の陸上脊椎動物の多様性は著しく増加した[101]。ジュラ紀に大いに繁栄した大型竜脚類は広い平原に適応した種であったが、白亜紀には大陸の分断と海進により平野面積が縮小した結果、全体的に見れば生息地が減って小型化し種の数も個体数も減少した(例アルゼンチン産アマルガサウルス全長9m)。肉食の獣脚類は大型のものと小型のものの両方が分化して行った。白亜紀後期には大型獣脚類の頂点に立つ有名なティラノサウルス全長12m が出現する。最近の研究では小型の竜脚類のオヴィラプトル類やドロマエオサウルス類は羽毛を有しておりほとんど鳥類に近い復元図が書かれている[102](下記ミクロラプトルの復元創造図参照)。ジュラ紀にはあまり目立たなかった鳥盤類が白亜紀になって勢力を広げた。いずれも植物食であるが、全長9mのイグアノドンハドロサウルス類(全長8mから13m)が有名である。白亜紀の後期には鳥盤類の角竜類が台頭し、3本の角を有するトリケラトプス(全長9m)などが出現した。

鳥類は多様化が進み、ほぼ現在と同じ体型になって完全な飛行能力を得た。白亜紀の後期にはオウムやガンの仲間の化石が見つかっている[103]。一部の鳥類は飛ぶことをやめ体を大きくし地上で2足歩行する現在のダチョウに近い生態をとったが、その例として白亜紀後期のパタゴニア産のPatagopteryx(体長70cm)などがいた。翼竜は巨大化し最大10mに達したケツァルコアトルスのような種もいて、鳥類と競い合っていた。

植物界では花を咲かせて実をつける被子植物が白亜紀に登場した。被子植物は白亜紀前期に生まれた後に徐々に勢力を広げて行き、白亜紀後期には陸上で優勢な植物となった[104]。花を咲かせて昆虫に花粉を媒介させる被子植物の繁栄は、花粉を運んでくれる昆虫との共生と共進化をうながし、その結果現在のようなハチやチョウなどの昆虫の多様性が進んだ[105]

海洋ではアンモナイト類は白亜紀中期まで繁栄し科の数も23に達したが、後期に入ると急に減少してゆき白亜紀末には4科にまで減ってしまう[106]。魚類の条鰭類のうち現在最も繁栄している真骨類の先祖はジュラ紀に現れたが、白亜紀には海洋や陸の河川・湖沼に生息地を広げていった[107]。軟骨魚類では白亜紀中期に全長6mに達する大型のサメが現れた[108]。後期にはアンモナイトを食料とする大型のトカゲモササウルス(全長10m)が出現し、長頚類も健在であったが、魚竜は白亜紀半ばまでにはオントンジャワ海台の形成等による海底火山活動の影響を受けて絶滅していた。

白亜紀中期には有機物が海底に大量に堆積する「海洋無酸素事件」が5回起こったといわれている。上記のように白亜紀には海水準が上昇し現在の陸地平野部分の広大な面積が浅海となるが、浅海は生物の生産性が高いので大量の生物が繁殖する。生物は死後海底に沈んで行くが、通常は沈降途中で微生物により分解され二酸化炭素に戻る。しかし白亜紀は海洋の水温も高く深層水も15℃程度あって溶存酸素量が少なく[注釈 21]、海底では酸素が足りないため生物の死体が十分分解されずに残り、有機物を多量に含み無酸素状態を示す黒色泥岩が大量に堆積した[109]。現在の石油資源のうち約60%が白亜紀に由来するが、これら海底に堆積した有機物が石油の起源になったとする説もある[110]

哺乳類は体は小さいままであったが引き続きさまざまに分化し数も増やした。有袋類の祖先もこの時代に出現した。白亜紀末期の北アメリカやモンゴルから見つかっている現生のトガリネズミに似た化石生物が現生哺乳類の大部分を占める真獣類の祖先とされている[111]

白亜紀末の約6500万年前(K-T境界)、恐竜・翼竜・長頚竜・モササウルス類・アンモナイト類が同時に絶滅した。この絶滅によって海洋生物の47%の属と16%の科が消滅したが、上記大型動物以外にいくつかの微化石グループも消滅している[112](ただし、アラモサウルスなどのごく一部の属はこれを生き残った可能性が示唆されている[113]。)。この時中米のユカタン半島に直径約10kmの巨大隕石が落下したことが確認されており、またインド大陸で現在のデカン高原を形成する洪水玄武岩の噴火があった。これらの事件と大量絶滅との関連性が研究されている[注釈 22]

角竜の代表格トリケラトプス 全長9m

同じく白亜紀初期の中国で見つかった遼寧鳥(英語版) 竜骨を有し鳥の直系の祖先と考えられている[114]

白亜紀後期の鳥類Patagopteryx、体長70cmで2足歩行し羽は退化していた。

史上最大級の飛翔生物ケツァルコアトルス 翼開長10m

大型の肉食恐竜ティラノサウルス

ハドロサウルス類のパラサウロロフス 全長10m

白亜紀のドロマエオサウルス類の獣脚類ミクロラプトルの復元想像図 恐竜であるが、前足のほかに後ろ足にも羽毛があった

1990年代に中国のジュラ紀後期から白亜紀初期の地層から発見された孔子鳥、ほぼ同時期の始祖鳥と比べると歯が無くなり嘴を有している[114]が、まだ羽に前肢の爪が見られる。

アンモナイトの生態復元想像図、殻の大きさは数cm程度のものが多いが、最大のものは2mに達した。

古第三紀の気候と生物

古第三紀は約6500万年前から約2300万年前までの時代[38]で、暁新世、始新世、漸新世からなる。気候は温暖であった白亜紀中期以後徐々に低温化していったが、約3400万年前の始新世と漸新世の境界時代に南極大陸に巨大な氷床が形成された。これ以後が現在も続いている新生代後期氷河時代である[115]

K-T境界の事件で、中生代に地上・海中・空中に繁栄していた恐竜などの大型爬虫類は、ワニ類を除いてほとんどいなくなった。新生代は哺乳類と鳥類の適応放散が起こり、大型の鳥類も出現した。古第三紀が始まったときの哺乳類は、ほとんどが草食や昆虫食で大きさもネズミほどのものが多く最大のものでもネコ程度であったが、爬虫類がいなくなった地上に適応し体も大きくなってゆく。哺乳類は暁新世から始新世にかけて一次適応放散の後、漸新世で2度目の適応放散を行う[116]。現在見られる哺乳類の多様性は漸新世から始まった。すなわち現代型のクジラ、げっ歯類のリス・ネズミ、長鼻類のゾウ、霊長類の真猿類(いわゆるサル)、奇蹄類のウマやサイ、偶蹄類のイノシシやラクダ、食肉類のサーベルタイガーやクマなどが漸新世に現れた[117]。なお 新生代初めオーストラリア大陸は南極大陸とのみつながって、他の大陸とは海を隔てていたため、これらの哺乳類(真獣類)とは系統が異なる単孔類有袋類が適応放散していた[118]。オーストラリア大陸の生物の特殊性は人類がオーストラリアに渡るまで継続した。同じように他の大陸と離れていた南アメリカには一部の真獣類と有袋類が繁栄した[119]

暁新世末の約5500万年前に突発的な温暖化が起こり、海洋の中層から低層に生息していた有孔虫の35-50%が絶滅した。この時海洋深層水の温度は5-7℃[120]、気温は6-8℃上昇し5万年から10万年かけて元に戻った。原因として当時の海底に大量に存在していたメタンハイドレートが融解し、数千年の間[121]に炭素量換算1500ギガトンのメタンガスが大気中に放出され、メタンによる温室効果と その後メタンが酸化されてできる二酸化炭素による温室効果が想定されている[122]。またこの時メタンが放出されたとされる地形が北大西洋のノルウェー沖で見つかって2004年に発表されている[123]。1500ギガトンという温室効果ガスの量は、産業革命以来人類が発生させてきた二酸化炭素量と今後発生させると予想される二酸化炭素量の合計に匹敵するとされている[34]


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