この節に雑多な内容が羅列されています。事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか、または整理・除去する必要があります。(2012年9月)
『ちりとてちん』の草々役はオーディションで、「大きい」「強面」「純粋」に合致する俳優がおらず難航していたが、青木の登場で「やっと草々に会えた」と満場一致で決定した。先に決まっていたヒロインの貫地谷しほりは、台本を読んで青木をイメージしていたら、本当にその通りになって驚いたという。[12]
『ちりとてちん』で師匠から殴られるシーンでは、渡瀬恒彦から本気で平手打ちされた。本番直前に「青木、いくからな!」と告げられ、本番のあと片目が見えにくくなり気がついたらコンタクトレンズが吹っ飛んでいたという。[13]
『ちりとてちん』が南米の日系人社会でも視聴されていることや日系移民の苦難の歴史を友人から聞き、移民100周年にあたるこの2008年に、とにかく行かねばと単身自費で南米に渡り、約1か月間各地を旅して、ペルー、パラグアイ、ブラジルの数か所で落語「道具屋」を披露し、現地の日系人と交流した。[14]
ドラマ『本日も晴れ。異状なし』では、サトウキビ農家の青年を沖縄弁で演じた。共演者の坂口憲二によると、当初は全員標準語の予定だったが、方言での演技にこだわって現地の人から指導を受けた熱意が実り、一人だけ沖縄弁OKとなった。また、出番がなくても撮影に同行して離島へ渡り、住民と交流したり島を散策していたという。[15]
映画『おっぱいバレー』では教師を演じたが、撮影合宿先の北九州では、男子バレー部員役の中学生らに名物のラーメンを食べさせて手懐け、早くから互いに打ち解けたという。また、撮影の合間に彼らとバレーボールでよく遊び、衣装を汗だくにして叱られた。[16]
勉強熱心な役者としても知られ、『龍馬伝』では自分の撮影日の2倍は現場に見学に行って収録を見ていたという。[17]
『龍馬伝』のとき、演じる土佐藩士後藤象二郎との接点を持ちたいと、彼がルイ・ヴィトンの顧客名簿に載った最初の日本人であることにちなみ、ルイ・ヴィトンの財布に自分で俵屋宗達の「白象図」を模写し、愛用していた。[18]
『龍馬伝』の殺陣の稽古の際、役作りのために、対立する土佐勤王党役の俳優たちと距離を置いていたことから、実際に険悪な雰囲気で喧嘩になりかけたことがある。その後、酒の席で音尾琢真ら勤王党メンバーは「実はあの時わざとそうしていたんです、すいませんでした」と謝られたという。[19]
『龍馬伝』では江戸時代の拷問の本を買って研究し、岡田以蔵役の佐藤健を本気で拷問した。佐藤いわく「本当に痛い。本当に竹刀が当たっていて、しばらく青あざが残っていた」[20]
2011年5月、カンヌ国際映画祭に出演作の『一命』が出品された際、留学先のニューヨークから駆けつけて、三池崇史監督や瑛太ら日本からの一行に合流した。招待者でないため旅費は自腹で、途中で野宿もしたという。[21]
『真珠湾からの帰還』では、同じ海軍の俳優たちとの距離を縮めようと、酒を飲み坊主頭を叩き合って結束を深めた。上官役の平岳大は、青木に頭を叩かれて一瞬イラッときたが、お互い叩き合って翌日から親友のようになった、と語っている。[22]
『るろうに剣心』の相楽左之助役は、アクション監督の谷垣健治からドニー・イェンのDVDを渡され特訓した。[23] 戌亥番神役の須藤元気とのバトルシーンの撮影は一昼夜に及んだが、元格闘家の須藤からタフだねと言われ嬉しかったという。[24]
2013年1月、『エル・ムンド自転車探検部 タンザニアの旅』で、キリマンジャロを一周し標高3,400mの道路最高到達点に到る全長462kmを、自転車で完走した。番組ディレクターによると、道中、現地の老若男女すべてにモテたという。
2013年11月、『るろうに剣心』で共演した蒼井優が舞台『グッドバイ』で強烈な河内弁をまくし立てる女性を演じるにあたり、ボイスレコーダーに台詞を吹き込んで方言指導したという。[25]
『るろうに剣心 京都大火編 / 伝説の最期編』では、撮影中に拳が当たって歯が折れた。フィリピンで行われたアジアプレミアで、ケガはしなかったか?という現地記者の質問に、「I lost the teeth by hitting.(原文ママ)」と答え、続けて「But I don’t mind because I am Sanosuke, right?」と役になりきって会場に呼びかけ観客を湧かせた。[26] また、技をかけられ何度か失神しかかったことがあり、インタビューで「僕、何度かアクションやってるときに落ちかけてるんで、落ちかけてるときの顔が面白いとよく言われて…」と答えている。[27]
父親役を演じることも多く、子役とは撮影の合間も一緒に過ごし、よく遊ぶ。子役の撮影を楽しそうに見学するらしい。[28]
特技は絵画で、絵手紙のようなブログで独自の感性を発揮している。また、趣味はバックパック1つで世界中を旅することで、2015年に五大陸を踏破したとのこと。専ら夜行列車や夜行バス、旅行者用の相部屋で寝るという。
よしもとクリエイティブエージェンシー所属の芸人、span!の水本健一とは中学校の同級生。水本と共に上京した過去がある。
『ちりとてちん』をはじめ、藤本有紀が脚本を手掛けた数作のドラマに出演しており、青木自身「藤本有紀さんの脚本というのは本当に特別なものです」としている。2022年3月3日放送のNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(この作品も藤本の脚本)第86話にサプライズ出演し、青木は番組の公式Twitterに出演の喜びを綴ったメッセージを寄稿している[29]。
子供時代は親が共働きだった為、祖母に面倒を見てもらっていて2023年6月17日放送「人生最高レストラン」でも「おばあちゃんが作ったサッポロ一番しょうゆラーメン」を挙げる程のおばあちゃん子だった。また、番組内ではある日、茄子がヒタヒタになっていたのを見て当時飼っていた愛犬の御飯かと思い、祖母に問うと「それ、ばあちゃんの御飯」と言われた事(祖母の食べる御飯を犬の御飯だと思ってしまった事)に申し訳なかったが、生前に謝れなかった後悔があり番組で謝罪し、やっと謝れたと涙している。またデビュー前はバックパッカーをしており、南極大陸以外は訪れていると話し、五大陸行ってた事も明かされた。
『千代の富士物語』を見て、相撲取りになろうとしたことがある[30]。
『西郷どん』において、直情的かつ繊細な島津久光を演じきった。自らの進むべき道に迷った鈴木亮平演じる西郷隆盛に対して放った名ゼリフ「こん、やっせんぼ」は青木のアドリブである[31]。
出演
テレビドラマ
H2?君といた日々(2005年1月 - 3月、TBS) - 広田勝利 役
海猿 第1話(2005年7月、フジテレビ)